大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和57年(く)49号 決定

請求人

梅田義光

大正一三年六月三〇日生

右弁護人

鈴木悦郎(主任)

ほか三七名

右請求人にかかる強盗殺人、死体遺棄被告事件の確定有罪判決に対する再審請求事件について、昭和五七年一二月二〇日釧路地方裁判所網走支部がした再審開始決定に対し、検察官から適法な即時抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

(証拠関係表記の略語例)

「三宅鑑定人」 昭和二七年当時北見赤十字病院医師、昭和三八年から北見市内開業医の三宅宏一

「三宅鑑定書」 三宅宏一作成の昭和二七年一〇月二四日付鑑定書

「三宅確定二審供述」 確定二審第二回公判における証人三宅宏一の供述

「三宅供述録取書」 三宅宏一の弁護士三名に対する昭和五四年一一月五日付供述録取書

「三宅原審供述」 原審における証人三宅宏一の供述

「三宅新供述」 三宅供述録取書及び三宅原審供述を総合したもの

「三宅当審供述」 当審における証人兼鑑定人三宅宏一の供述

「渡辺鑑定人」 昭和二七年当時北海道大学医学部法医学教室助教授、昭和五四年ころから千葉工業大学教授の渡辺孚

「渡辺鑑定書」 渡辺孚作成の昭和二七年一二月二日付鑑定書

「渡辺確定一審供述」 確定一審第六回公判における証人渡辺孚の供述

「渡辺確定二審供述」 確定二審第二回公判における証人渡辺孚の供述

「渡辺原鑑定」 渡辺鑑定書、渡辺確定一審供述及び渡辺確定二審供述を総合したもの

「渡辺原審供述」 原審における証人渡辺孚の供述

「渡辺当審供述」 当審における証人兼鑑定人渡辺孚の供述

「船尾鑑定人」 昭和三六年ないし三九年当時慶応義塾大学医学部助教授、昭和四七年から北里大学医学部教授の船尾忠孝

「船尾血痕鑑定書」 船尾忠孝作成の昭和三六年六月一六日付、昭和三七年一〇月八日付及び昭和三九年二月八日付各鑑定書

「船尾打撃等鑑定書」 船尾忠孝作成の昭和五四年二月二七日付鑑定書

「船尾原審供述」 原審における証人船尾忠孝の供述

「船尾当審供述」 当審における証人兼鑑定人船尾忠孝の供述

「相場鑑定人」 北海道大学文学部行動科学科教授相場覚

「相場鑑定書」 当審鑑定人相場覚作成の昭和五九年二月二九日付鑑定書

「相場当審供述」 当審における証人相場覚の供述

「高取鑑定人」 北海道大学医学部法医学教室教授高取健彦

「高取鑑定書」 当審鑑定人高取健彦作成の昭和五九年三月九日付鑑定書

「高取当審供述」 当審における証人高取健彦の供述

本件抗告の趣意は、釧路地方検察庁網走支部検察官作成の即時抗告申立書及び札幌高等検察庁検察官提出の即時抗告理由補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人ら作成の昭和五八年七月三一日付意見書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  確定判決及び第一次再審請求

関係記録によれば、以下の事実が認められる。

一請求人は、昭和二七年一〇月二四日、強盗殺人、死体遺棄被告事件について、釧路地方裁判所網走支部に公訴を提起された。公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和二五年一〇月八日ころ、北見市東陵町所在の東陵中学校東北約七〇〇メートルの山道において、元北見営林局会計課員羽賀竹男から、当時北見営林局会計課に勤務し同営林局職員旅費の支給等の事務を担当していた大山正雄(当時二〇年)をホップ取引に藉口して現金を携行させて右山道に誘致したうえ、野球用バット、縄等を使用して同人を殺害し、その死体を付近の沢の土中に埋没して所携の現金を奪取せんことを誘われて、これを承諾し、羽賀と各自分担すべき行為について協議し、共謀のうえ、同月一〇日午後七時ころ、野球用バット、縄等を秘かに携帯して同市青葉町二番地柴川木工場付近路上で大山を待ち受け、これを誘致して同夜八時ころ、前記山道に至り、同人の隙をうかがい、所携の野球用バットを振つてその頭部を殴打し、昏倒した同人の頸部を所携の縄で締緊し、よつて右頭部打撃、頸部締緊等により、そのころ同所において同人を死亡させてこれを殺害したうえ、同人所携の現金約一九万円を強奪し、これに引き続き、該犯行を隠ぺいする目的で、予め羽賀が右殺害現場付近の沢に掘さくしておいた穴の中に右死体を埋没して遺棄した。」というのである(以下、これを「本件犯行」あるいは「大山事件」という。)。

請求人は、第一審公判において、捜査段階でした自白は警察官から拷問を受けたほか種々誘導されるなどしたことによる虚偽のものであるとして、犯行を全面的に否認したが、第一審裁判所は、昭和二九年七月七日言渡しの判決において、前記公訴事実に副う事実を認定したうえ、刑法二四〇条後段、一九〇条、六〇条を適用して、請求人を無期懲役に処した。同判決が認定した「罪となるべき事実」の要旨は、別紙二に記載したとおりである。殺害の方法については、公訴事実の記載のほかにナイフによる頭部の突き刺しの行為を加え、「被告人は、……前記山道上を大山の左側を並んで歩いていたが、隙をみて右足を後方に引き、同人の背後から、隠し持つた短く加工した野球用バットを取り出すと共に、振るつて同人の右側頭部を強打し、同人が昏倒するや、ナイフを出してその頭部を突き刺し、次いで、麻製細引を取りその頸部に巻いて緊縛し、よつて、右側頭部打撃による脳挫創等により、そのころ同所で、同人を死亡させてこれを殺害した」旨判示している。

なお、羽賀竹男は、請求人と同様に本件犯行について公訴を提起されたほかに、「清水一郎と共謀のうえ、昭和二六年六月一一日、当時留辺蘂営林署庶務課会計係として勤務していた小林三郎(当時二八年)を殺害し、同人の携帯していた同営林署の公金である現金四七二万四五八七円等を強取したうえ、同人の死体を谷沢斜面の穴に埋没して遺棄した」との強盗殺人、死体遺棄の各公訴事実(以下、「小林事件」という。)により、右清水とともに同裁判所に起訴され、本件と併合審理され、昭和二九年七月七日言渡しの判決において、右各事件全部について有罪の認定を受けて死刑に処せられ、また、清水は同様併合審理のうえ小林事件で無期懲役に処せられた。

二請求人は、第一審判決に対して事実誤認を主張して控訴の申立をしたが、札幌高等裁判所第三部は、昭和三一年一二月一五日第一審判決の事実認定を是認することができ、同判決には事実誤認はないとして、控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

三請求人は、右第二審判決に対して上告の申立をしたが、最高裁判所第一小法廷は、昭和三二年一一月一四日上告棄却の判決を言い渡し、これに対する請求人の判決訂正の申立も同年一二月一九日棄却され、第一審判決は確定した(以下、第一審判決、第二審判決をそれぞれ「確定一審判決」、「確定二審判決」という。)。

四請求人は、確定一審判決に対し、昭和三七年一〇月三一日釧路地方裁判所網走支部に再審の請求をした。その理由の骨子は、(一) 本件犯行の当夜請求人が着用していた洋服上衣とズボンについてベンチジン法及びマラカイトグリーン法によつて人血付着の有無を検査したが、人血付着の証明がなかつたとする船尾血痕鑑定書及び右上衣、ズボン、(二) 羽賀から請求人の弁護人であつた中村義夫に手交された、請求人が大山事件の実行共同正犯であつたと述べてきたのは虚言であり、請求人の無罪立証に協力するかわりに五〇万円を要求する旨記載された秘密文書一通、(三) 羽賀の死刑判決確定後拘置支所内で、同人から「請求人は犯人ではない。請求人の無罪を立証するかわりに請求人の弁護人から金をせしめてやる。」等と述べていたことを聞いた在監者奥野蔀の右中村宛の書簡一通、(四) 請求人が捜査段階で検察官に対し、自白は警察官の拷問、強制、誘導等によるものであるとしてその事情等を詳細に記して提出した手記の写真版一通及び釧路検察審査会の昭和三五年一月二六日付議決書写一通により、請求人の自白が任意性を欠く虚偽のもので、請求人が無実であることを示す刑事訴訟法四三五条六号、七号、四三七条所定の証拠をあらたに発見したというのである。しかし、昭和三九年四月二四日、右請求は棄却され、これに対する即時抗告の申立につき、昭和四三年六月一五日棄却の決定がされ、次いで、右決定に対する特別抗告につき、同年七月一二日棄却の決定がされた。

第二  本件再審請求及び原決定の理由

一請求人は、昭和五四年一二月一七日再び確定一審判決に対し釧路地方裁判所網走支部に再審の請求をしたところ、同裁判所は、昭和五七年一二月二〇日本件について再審を開始する旨の決定をした(以下、同裁判所を「原審」、右決定を「原決定」という。)。

二原決定が再審を開始すべきであるとした理由の骨子は、次のとおりである。

1確定一審判決は前記のとおりの事実を認定したが、その挙示する証拠を検討すると、証拠の内容自体で、請求人と本件犯行との結び付きを証するものとしては、請求人の検察官に対する昭和二七年一〇月一六日付、同月一七日付、同月一九日付各供述調書及び検察官作成の昭和二七年一〇月八日付検証調書中の請求人の指示説明(以下、これらを一括して「梅田自白」という。)と、羽賀竹男の公判廷における証人又は共同被告人としての各供述(以下、「羽賀供述」という。)のみである。したがつて、請求人の提出した新証拠及び原審で取調べた新証拠と旧証拠を総合して検討した結果、梅田自白の真実性及び羽賀供述中請求人を共犯とする部分の信用性に動揺が生ずるならば、確定一審判決の事実認定も動揺を免れないものである。

2新証拠である三宅新供述によつて明らかにされた大山の頭部の陥没骨折の具体的状況、とくに右側頭頂骨の別紙三の図面(以下、「別紙図面」という。)のm線を谷底にして、、の各部分が陥没し、かつm線の陥没状況も冠状縫合に近い前の方が一番深く陥没していたことなどに照らすと、野球用バットが右骨折の成傷器であるとした場合、犯人がバットを大山の頭部に振りおろした際、バットの一端を握る犯人の両手首は大山の右側頭頂骨のm線の延長上、すなわち大山の頭部の右後ろの方向に位置していたと認めざるをえない。これと、梅田自白で述べられている、バットで大山の頭部を殴打した際の請求人と大山との位置関係、打撃態様、すなわち、請求人が被害者の左側を並んで歩き、隙を見て、とつさに右足を一歩斜め後ろ外側に引き、振りかぶりざまバットで同人の頭の後ろの方を殴つたという供述とを比較すると、その際の種々の具体的状況等を考慮に入れても、両者の間には整合関係があるとはいえない疑いがある。このことに照らすと、梅田自白中バットで大山の頭部を殴打したという供述部分の真実性には疑問がある。

なお、確定一審判決のバットによる殴打に関する事実認定は、バットの振り方及び命中部位について、渡辺原鑑定(バットは大山の頭部の右耳孔約一〇センチメートル上方に命中し、打撃は頭部に対して右前方から後上方に向う方向で作用したとの所見)に依拠していると解されるが、渡辺鑑定人は原審においてその所見を修正した。

3次に、三宅鑑定書及び三宅原審供述によると、大山の頭蓋骨の右側頭頂骨の後方寄りに菱形状骨欠損(別紙図面のB部分)があり、これは刺器の侵入による独立創傷と考えられるとし、かつ、これにほぼ対応する大脳頭頂葉に刺創が認められたというのである。これは、梅田自白に述べられている、大山をバットで殴打し、同人が倒れると、刃の長さ二寸五分、幅五分位の七徳ナイフを右逆手に握つて、大山の頭を目がけて突き刺した、ナイフの刃の部分が全部大山の頭に突き刺さつたのを覚えている、との供述部分を一応裏付けるものであり、確定一審判決も、罪となるべき事実中でナイフによる頭部の突き刺しを認定し、確定二審判決も、梅田自白の右部分と三宅鑑定書の記載との照応関係を指摘して、梅田自白の真実性を肯定しうる一理由としている。

しかしながら、(イ) 三宅鑑定書及び三宅原審供述によつて明らかにされた陥没骨折の具体的状況及び菱形状骨欠損の位置関係並びに陥没骨折を組成する各骨折線と菱形状骨欠損の外周を形成する各骨折線との隣接関係等を詳しく考察すると、菱形状骨折は独立創傷ではなく陥没骨折に随伴して生じたものにすぎないとみるべき疑いが多分にあること、(ロ) また、仮に菱形状骨欠損が独立創傷であるとしても、三宅新供述によると、ナイフによる突き刺しによる創傷ではありえず、ピッケル様の相当重量のある凶器によつて生じたと考えられるということ、(ハ) 更に、仮にナイフによる創傷であるとしても、菱形状骨欠損の部位と、梅田自白に述べられているナイフによる刺突の際の請求人と大山との位置関係及び倒れていた大山の身体の向きなどとを比較すると、その際における種々の具体的状況を考慮に入れても、両者の間に整合関係があるとは認められないことなどを総合すると、梅田自白中ナイフによる頭部刺突に関する供述部分の真実性についても疑問がある。

4梅田自白全体の真実性及び羽賀供述中請求人を共犯とする供述部分の信用性について、右に掲げた新証拠のほか、原審が検察官から取り寄せた確定判決裁判所の公判審理に提出されなかつた書証(以下、「不提出記録」という。)中の各関係証拠及び旧証拠を総合して検討すると、梅田自白全体の真実性及び羽賀供述中請求人を共犯とする部分の信用性に疑問を投げかける点が多数存在し、ことに、請求人について、犯行当日及びその以前羽賀と共謀をしたとされている日時に関してアリバイの成立する可能性すらある。

5以上の次第で、請求者の提出にかかる新証拠のほか、原審の取り調べた新証拠が確定判決の審理中に提出されていたならば、請求人を有罪と認定することはありえなかつたものと思料される。よつて、本件再審請求は理由があるから、刑事訴訟法四三五条六号、四四八条一項により、本件について再審を開始する。

原決定は、おおむね以上のように述べている。

第三  当裁判所の判断

記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、原決定はその理由の一部に是認し難い点が含まれているが、その結論は相当であり、これを維持すべきものと考える。以下、所論についての判断を順次示しながら、その理由を述べる。

一  再審請求におけるいわゆる証拠の明白性等について(即時抗告申立書二、1、(一)、(二)、即時抗告理由補充書第一及び第二、一、二)

所論は、原決定の理由全体を通覧すると、原決定は、明白性のない証拠について明白性を認めているだけでなく、新証拠があることを機縁にして、その立証趣旨にかかわりがなくかつ本件再審請求において争点とされていない事項についても、判断の対象とし、請求人の提出した新証拠のほか、検察官が確定判決裁判所の公判審理で証拠調請求をしなかつた不提出記録まで取調べ、これらを旧証拠に加えて、梅田自白及び羽賀供述中請求人を共犯とする部分の各信用性について全面的な再評価をし、確定一審判決の事実認定に疑問があるとするにとどまらず、確定一審判決の事実認定を完全な誤りであるとして、再審の開始を決定しているが、これは、刑事訴訟法四三五条六号にいう証拠の明白性の意義及びその判断方法を誤つたもので不当である、というのである。

そこで検討すると、原決定が本件について再審を開始すべきであるとした理由の骨子は、前記のとおりであつて、要するに、(一) 確定一審判決の事実認定とその対応証拠を詳細に検討した結果、請求人と本件犯行との結び付きについては、客観的証拠や第三者の目撃証言などは全くなく、ただ請求人の捜査官に対する自白と羽賀の供述中請求人を共犯とする部分があるだけであり、したがつて、右自白の真実性と羽賀供述の信用性について疑問が生ずるならば、直ちに請求人を有罪とした確定一審判決の事実認定について動揺の生ずることが免れない証拠構造にあると判断し、(二) そのうえで、請求人の提出した新証拠、原審の事実取調べにより現われた新証拠と確定記録中の積極、消極の全証拠を総合して検討した結果、後記四及び五で説明するように、梅田自白の重要部分である野球用バットによる被害者大山正雄の頭部の殴打及びナイフによる大山の頭部の刺突に関する各供述部分の真実性に合理的な疑問が生じたものと認め、(三) 更に、原審が検察官から取り寄せた不提出記録中の関係各証拠と前記の各新旧証拠を総合すると、後記六ないし八の項で説明するとおり、梅田自白と羽賀供述には、多数の不自然、不合理で常識上首肯し難い点、客観的事実に反する点、真実の供述であるならば当然言及し又は説明すると思われる事項に関してなんらの言及又は説明をしていない点、あるいは供述の不自然又は異常な変遷や相互間の食い違いなどがあり、これらに照らすと、梅田自白全体及び羽賀供述の各証明力はもともと高度なものとはいい難いものであると指摘し、(四) 以上を総合すると、請求人提出の新証拠及び原審の事実取調べで現われた新証拠がもしも確定判決裁判所の審理中に提出されていたならば、請求人に対して有罪の事実認定はされなかつたであろうと認められるので、本件においては刑事訴訟法四三五条六号にいう請求人に対し無罪を言い渡すべきこと明らかな証拠があらたに発見されたということができる、と判断しているのである。原決定の右判断の理由の一部には、それぞれの項で指摘するとおり、首肯し難い点や表現上妥当といい難い点が含まれているほか、事実の取調べにおいて徹底さを欠き、証拠上の裏付けに乏しい点もあるが、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、原決定の前記各項における結論的判断自体はこれを是認することができ、また、その理由全体の構成等にも誤りがあるとは認められない。所論は、原決定が不提出記録中の各証拠を用いたのは不当であるというが、各証拠の評価の点は別にして、これを前記判断の資料に供したこと自体は不当であるとは思われない。また、所論は、原決定が梅田自白及び羽賀供述の全内容にわたつて多数の疑問点を指摘したことを不当というが、後記六ないし八の項で述べるとおり、原決定の指摘する疑問点の大半は各証拠自体に内在し経験則上到底否定し難いものであるうえ、請求人に関する確定一審判決の事実認定の証拠構造が前記のとおりであることなどの本件事案の特殊性にかんがみると、本件再審請求の当否を判断するうえで梅田自白全体の真実性及び羽賀供述の信用性を検討することが不可欠であると考えられるから、原決定が原審で現われた新証拠の立証趣旨に直接的にはかかわりのない右各事項について前記のような疑問点を指摘したことは、やむをえないところであり、これが不当であるとはいえない。原決定が明白性のない証拠について明白性を認めたとか、また、証拠とすることができない証拠を事実認定に用いたとか、審理判断すべきでない事項について審理判断をしたなどということはできない。なお、原決定の理由中には、本件新証拠により確定判決の事実認定に疑問が生じたというにとどまらず、右事実認定を完全な誤りであると断定するがごとき表現も見受けられるが、原決定の理由全文に徴すると、そこまでの判断をしているとみることはできず、この点に関する所論の非難も当らない。

したがつて、原決定に所論のいうような違法はなく、論旨は理由がない。

二  理由不備等の主張について(即時抗告申立書二、1、(三)、即時抗告理由補充書第二、三)

所論は、原決定は、新証拠と旧証拠を総合検討した結果、梅田自白中野球用バットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分の真実性に合理的な疑いが生じたとしているが、いかなる証拠のいかなる部分を新証拠と認めたのか必ずしも明らかではなく、また、船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述について、決定理由第六、二、1、(一)、(3)、ロ及び第六、二、1、(二)、(3)、イ、Cにおいて「船尾鑑定人の見解をそのまま採用することはできない」との趣旨を説示しながら、決定理由第六、二、1、(三)において新証拠の一部としてこれを掲げているのは理解し難く、原決定には理由不備ないし理由の食い違いの違法がある、というのである。

原決定は、所論指摘の各事項について、各論点ごとに三宅新供述、渡辺原審供述、船尾打撃等鑑定書、船尾原審供述などの各要旨を摘示し又はこれらについて言及し、これらの各新証拠と旧証拠を総合して検討した結果、三宅新供述及び渡辺原審供述によれば、梅田自白による打撃態様と大山の頭部の陥没骨折の状況との間には整合関係があるとはいえない疑いが生じ、また、大山の頭部の菱形状骨欠損も陥没骨折に随伴して生じたものでナイフの刺突による独立創傷といえない疑いが生じ、かつ梅田自白による刺突の態様等と右骨欠損の部位との間に整合関係があるとみることはできず、結局、梅田自白の右各供述部分の真実性については合理的な疑いが生じたと判断しており、これによると、再審理由としてのいわゆる新規性のある証拠は主として三宅新供述、すなわち三宅供述録取書及び三宅原審供述と、渡辺原審供述であるとみることができ(ただし、原決定は右各判断に際し、船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述に現われている法医学上の一般的経験則に関する所見も参考に供していることは、後に指摘するとおりである。)、しかも、原決定が摘示した以上に詳細に新証拠の内容、範囲を明示することは必要でないと解されるから、原決定に理由不備の違法があるとはいえない。

また、原決定は、第六、二、1、(一)、(3)、ロ「梅田自白の打撃態様と大山頭蓋骨骨折状況との整合性」の項で、船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述に述べられている所見はそのまま採用することはできないが、「同鑑定人の鑑定経験に由来する一般的経験則に関する所見については参考に供する」と述べており、更に、第六、二、1、(二)、(3)、イ「菱形状骨欠損は独立創傷か随伴創傷か」の項のC「船尾証人の見解について」の項においても、右と同趣旨と解される説示をしており、実際にも、原決定の右各論点についての判断をみると、船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述に現われている同鑑定人の法医学上の一般的経験則に関する所見を参考に供していることがうかがわれるから、原決定が第六、二、1、(三)「まとめ」の項で新証拠の一部として船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述を掲げたことをもつて、原決定に理由の食い違いの違法があるということはできない。

したがつて、論旨は理由がない。

三  確定判決の事実認定の根拠に関する事実誤認について(即時抗告申立書二、2、即時抗告理由補充書第三)

所論は、原決定が、確定一審判決の野球用バットによる殴打行為に関する事実認定は、バットの振り方、命中部位及び打撃の作用方向に関しては、梅田自白を採用せず、渡辺原鑑定に依拠していると認定しているが、右判断は誤つている、というのである。

原決定が確定一審判決の事実認定の右部分の趣旨を所論指摘のように理解していることは、明らかである。

ところで、確定一審判決の「野球用バットを取り出すと共に、振るつて大山の右側頭部を強打し」との事実認定が、バットを上方から振りおろす行為を意味するのか又はバットを横に振る行為を意味するのかは必ずしも明らかではないが、少なくとも、「野球用バットを……振るつて」、「大山の右側頭部を」との表現と、梅田自白に述べられている「両手でそのバットの細い方の部分を握つて、振りかぶりざまその太い方の部分で大山の頭の後ろの方を殴りつけた」との供述部分との間には相異があること、確定一審判決が証拠として挙示している渡辺鑑定書及び渡辺確定一審供述によれば、同鑑定人は、確定一審当時、バットの命中部位は大山の頭部右側で右耳孔の約一〇センチメートル上方付近であり、かつ打撃は頭部の右前下方から上方かつ後方に向う方向、すなわち、頭部に対して横殴りの方向であるとの所見を述べていたこと、他方、三宅鑑定書にはこの点に関する格別の所見の記載がないことなどを総合すると、確定一審判決の前記事実認定はバットの振り方、その命中部位、打撃の作用方向に関しては、梅田自白を採用せず、渡辺原鑑定、すなわち渡辺鑑定書及び渡辺確定一審供述に示された所見に依拠したと解される旨、原決定が判断したことが失当であるとは認められない。論旨は理由がない。

四  野球用バットによる殴打に関する新証拠について(即時抗告申立書二、3、(一)、即時抗告理由補充書第四)

所論は、原決定が、新証拠と旧証拠とを総合して検討すると、梅田自白による打撃態様によつては大山の頭蓋骨の陥没骨折は生じえない疑いが強く、同自白中野球用バットによる殴打に関する供述部分の真実性について疑問が生じたとしているのは、不当である、というのである。

当裁判所は、本論点について、職権によつて種々事実の取調べをしたが、その結果現われた証拠を原審当時の証拠に加えて検討すると、原決定の右結論はこれを是認することができる。以下、この点に関する梅田自白の内容を摘示したうえ、本件頭蓋骨の骨折状況、梅田自白による打撃態様と骨折状況との整合性、右自白部分の真実性の各項目の順序で、その理由を述べる。

1 梅田自白の要旨

梅田自白には、大山を殺害する際の状況が詳細かつ具体的に述べられているが、そのうち、バットによる殴打に関する部分の要旨は、「昭和二五年一〇月一〇日午後六時半ころ、青年会館の裏側に積まれていた薪の下方から、羽賀が隠していた柄の部分を短く切りおとした長さ約二尺ちよつとのバットを見つけたので、着ていた作業服上衣の左側の内側に、柄の方を上に向け身体に並行して隠し入れ、上衣の裾から三寸くらいはみ出たバットの太い方の部分を左掌で隠すようにして支え持ち、午後七時二〇分ころ柴川木工場前で、大山正雄と会つた。そして、自分は、ホップ取引の仲介人を装い、取引場所まで案内すると偽つて、大山の左側に並んで仁頃街道を仁頃に向つて歩き、途中から分岐する犯行予定場所の山道に入つた。そして、羽賀から指示されていた畑と林との境付近くらいの地点に差しかかつたとき、大山の隙をみて、右足を一歩後方に引き、同時にバットの太い方の部分を右手に握つて上衣の中から抜き出し、次に両手でバットの細い方の部分を握つて振りかぶりざま、その太い方の部分で大山の頭の後ろの方を殴りつけた。大山はウウンとうなつて、道路の右側に倒れた。歩いている方向に向つて右側の道路端に倒れた。」というのである。

このうち、骨折状況との整合性を検討するうえで考察の対象とされるのは、殴打行為の態様及びその際の大山との位置関係等であるが、この部分に関する供述は、請求人の司法警察員に対する昭和二七年一〇月四日付供述調書、検察官作成の同月八日付検証調書中の指示説明及び請求人の検察官に対する同月一九日付供述調書等を通じ、ほぼ一貫している。

2 頭蓋骨の骨折状況

確定一審判決の事実認定によれば、請求人のバットによる殴打によつて大山の頭蓋骨に骨折等が生じたとされているので、関係証拠によつて右骨折の状況を調べると、次のとおりである。

(一) 骨折状況の概要

頭部の右側頭頂骨を中心にして、前方は前頭骨に及ぶ大きな複雑陥没骨折がみられ、これを組成する各骨折線の位置、形状、長さ、輪郭等は、三宅、渡辺各鑑定書、高取当審供述及び領置してある頭蓋骨模型(昭和五七年押第九七号の一一八)によつて明らかであるが、これを図示すると別紙図面のとおりである。主要な骨折線は、同図l、x、n、z及び矢状縫合、冠状縫合の各一部で囲まれたほぼ矩形状の骨折線であり、l、n線の中間にこれらにほぼ平行するm骨折線がある。m線は、頭蓋骨の正中線である矢状縫合に対して後方に行くほど同縫合線から一層右方向に離れて行く角度をもつほぼ直線である。x線に接続してb1、b2、b3、b4、b5を結ぶ三角形をなす骨折線があり、そのうち、b2、b3、b4、b5は菱形状(B)をなし、同部分は、外板、内板ともに欠損し、また、b1、b2、b5を結ぶ部分(B')は外板のみが欠損している。更に、右三角形の骨折線の右方にx線に接続して内板が欠損した部分(C)がある。冠状縫合と矢状縫合の接点から前頭骨の右前方に延びるk骨折線があり、n線とz線とが接合する点から冠状縫合を越えて前頭骨に及ぶn'骨折線がある。また、b1、b2、b3を結ぶ骨折線は後方に延び、人字縫合に達した後、前方にわん曲してx線の延長線に連なるy骨折線がある。

(二) 陥没の箇所及びその具体的状況

三宅供述録取書及び三宅原審供述によると、本件頭蓋骨の陥没箇所及び陥没の具体的状況は次のとおりである。

別紙図面の、が、m線の全長を谷底として陥没しているほか、前頭骨の冠状縫合寄りの部分も、m線に向つて陥凹している。m線の全長において、外板は接合しているが、内板は分離している。m線の陥没は、冠状縫合に接する付近が最も深く陥没している。

梅田自白による打撃態様と本件頭蓋骨の骨折状況との整合性を考察する場合、右で述べた陥没箇所及び陥没の具体的状況が重要な意義をもつが、確定一、二審当時には、これを明らかにする証拠は提出されていなかつた。三宅鑑定人は、本件死体の発掘直後これを解剖検査し、その結果を三宅鑑定書に記載し、確定一審において取り調べられたが、同鑑定書には右(一)の各骨折線の位置、形状、輪郭等が記載されているだけで、陥没箇所及び陥没の具体的状況は記載されていない(これは、おそらく同鑑定人が鑑定に際し、捜査官から打撃の命中部位、打撃の方向等について質問等を受けなかつたことによるものと思われる。なお、同鑑定書の「甲 外表検査二」に「前方は前頭骨、後方は右乳様部に至る幅約一六糎高さ約一〇糎の複雑陥没骨折を見る。」、「鑑定六」に「右側頭蓋骨前頭骨より頭頂骨後縁に渡る右範囲の陥没骨折」との記述があるが、これは、陥没、骨欠損、亀裂骨折、縫合の解離等を包括する複雑陥没骨折全体の範囲を示しているにすぎず、陥没箇所の特定、陥没の具体的状況を示す記述ではない。)。三宅鑑定人の解剖後に、渡辺鑑定人が再度解剖検査をしたが、その当時既に及びの骨片が頭蓋骨から分離除去されていたため、陥没箇所及び陥没の具体的状況を観察することができず、その結果、渡辺鑑定書にも陥没の具体的状況等に関する記述がない。また、三宅鑑定人は確定二審において、渡辺鑑定人は確定一、二審でそれぞれ証人尋問をされているが、いずれも陥没箇所及び陥没の具体的状況については質問を受けていない。

右陥没に関する事実がはじめて明らかにされたのは、本件再審請求にあたり提出された三宅鑑定人の弁護士三名に対する供述録取書においてであり、次いで、原審における三宅鑑定人に対する証人尋問によつて補充された。したがつて、本件頭蓋骨の陥没状況等に関する三宅供述録取書及び三宅原審供述はいわゆる新規性を備えた証拠である。

3 梅田自白の打撃態様と骨折状況との整合性に関する原決定等の判断

梅田自白で述べられている請求人の打撃動作及びその際の請求人と大山の位置関係(以下、これを、原決定に従つて、単に「打撃態様」という。)によつて、大山の頭部に前記2、(一)、(二)に記載したような特徴をもつ陥没骨折を十分生じさせうると認めることができるならば、右自白部分は真相に触れたものということができよう。これに反して、そのような陥没骨折を生じさせることが到底不可能であるか又は極めて困難であるということになるならば、右自白部分は虚偽であるか又は真実性に疑問があるといわなければならない。この点は、原決定が整合性の問題として論ずるところである。

そこで、まず、確定一審判決及び確定二審判決がこの点についてどのような見方をしていたかを概観し、次いで、原決定が新証拠によれば整合性について合理的な疑問があるとした判断の当否について検討する。

(一) 確定一審判決も、梅田自白の真実性を調査するに際して、自白の打撃態様と本件骨折状況との整合性について当然検討したことと思われるが、判決書に具体的な証拠説明がないため、この点についてどのような心証を形成したのか必ずしも明らかではない。

確定二審判決は、控訴趣意中、本件骨折状況から認められる打撃の方向は梅田自白からは到底考えられず、両者の間には整合性は認められないとの趣旨の論旨に対して、渡辺鑑定人の確定一、二審公判における各証言を引用したうえ、これに照らすと、「梅田の供述どおりの打撃によつても本件頭部につき鑑定書記載のような結果発生の可能なことは明らか」であり、整合性を認めることができるとの趣旨の説示をしている。しかしながら、渡辺鑑定書及び渡辺確定一、二審各供述によれば、バットの大山の頭部に対する命中部位は頭蓋骨の右耳孔の約一〇センチメートル上方付近(別紙図面のn線付近と思われる。)であり、かつ打撃は頭部に対して右前下方から後上方に向う方向、すなわちいわゆる横殴りの方向に作用したと考えられるというのであるが、命中部位の点は別としても、このような打撃の作用方向は、「大山の左側を並んで歩行中、同人の隙をみて、右足を一歩後方に引き、両手でバットの柄の方を握つて振りかぶりざま、大山の頭の後ろの方を殴りつけた。」という自白の打撃態様からは到底理解し難いこと、更に、渡辺鑑定人自身が原審、当審各供述において確定一、二審各公判で述べたバットの命中部位及び打撃の作用方向に関する所見を全面的に撤回したことなどに照らすと、確定二審判決の自白の打撃態様と骨折状況との整合性を肯定した判断には従うことができない。

(二) 原決定が梅田自白の打撃態様と骨折状況との整合性を否定すべきであるとした理由の要点は、次のとおりである。

(1) 三宅新供述によつて認められる陥没骨折の具体的状況に照らすと、バットが凶器であるとした場合、バットの先端はm線と冠状縫合との接点付近に命中し、かつバットの軸は、大山の頭部の正中線に対して右斜め後方に向うm線の全長を縦断する方向で振りおろされたと考えるのが合理的である。

(2) ところが、梅田自白によると、請求人は大山の左側を並んで歩行中、右足を一歩後方に引いて、バットを上衣内側から取り出し、両手でこれを握つて振りかぶりざま大山の頭の後ろの方を殴りつけたというのであるから、その際における請求人の身体や手首の位置は大山の左斜め後方にあり、したがつて、そのままでは、バットの軸は、大山の頭部の正中線に対して左斜め後方に向う方向に振りおろされるほかはなく、打撃の瞬間において、「大山が顔を右方に向ける」などしない限り、バットの軸がm線の全長を縦断する方向に振りおろされることはありえない。それ故、打撃の瞬間において「大山が顔を右方に向ける」などした事実があるかどうかが、自白の打撃態様と骨折状況との整合性の有無を左右するポイントである。

(3) しかし、梅田自白その他本件全証拠を精査しても、打撃の瞬間に「大山が顔を右方に向ける」などしたことをうかがわせる直接の証拠はなく、ただ経験則上、このような場合大山は気配を感じて顔を左方に向けるとか、又は打撃を回避するため前方に逃げだすなど、様々の行動に出ることが考えられ、その一つとして「顔を右方に向ける」可能性が存在するが、検察官においてその可能性を示す情況事実についての立証をしていない本件においては、そのような可能性があつたと考えるのは相当でなく、結局、梅田自白の打撃態様と骨折状況との間に整合性はないのでないかとの合理的な疑いがある、というのである。

しかし、原決定の以上の理由中、(1)、(2)は是認することができるが、(3)は是認し難い。たしかに、梅田自白をみても、打撃の瞬間において、「大山が顔を右方に向ける」などしたとか、その他回避、逃走などのため特別の挙動に出たことを示すような状況は全くうかがわれない。しかし、後に掲げる相場鑑定書によれば、事件当時における右犯行場所の照度は、5.6×10-4ルックス程度であり、このような低照度の場所で一ないし二メートルの距離をおいた場合には、注意さえ十分に向けるならば、移動中の人の形とその位置を特定することはそれほど困難ではないが、細部の特徴などは把握できないということ、また、本件のような犯行時における犯人の一般的な心理状況等を考慮すると、仮に打撃の瞬間において「大山が顔を右方に向ける」などした事実があつても、加害者においてそうした細部の動きに気付かないことは十分ありうるところと考えられ、このことに照らすと、梅田自白中に「大山が顔を右方に向ける」などした事実が述べられていないということから、直ちにそのような事実がなかつたと推論するのは相当でない。また、経験則上、本件のような場合に大山が種々の挙動に出ることが予想されるとしたうえで、検察官において「大山が顔を右方に向けた」可能性のあることを示す情況事実についての立証責任を尽していない以上、その可能性はなかつたとみるべきであるという原決定の理由も首肯し難く、したがつて、原決定の述べる理由によつては、梅田自白の打撃態様と本件骨折状況との間に整合性がないとするのは相当でない。

4 梅田自白の打撃態様と骨折状況との整合性に関する当裁判所の判断

原決定の理由は、右のとおり直ちには是認し難いが、前掲各証拠に当審における事実取調べの結果現われた各証拠を加えて検討すると、原決定の結論自体はこれを是認することができる。

(一) 高取鑑定書及び高取当審供述によると、同鑑定人は、当審において、本件頭蓋骨の骨折状況等に関する三宅、渡辺各鑑定書、船尾打撃等鑑定書、三宅確定二審供述、渡辺確定一、二審各供述、三宅、渡辺、船尾各原審供述、三宅、渡辺、船尾各当審供述及び原審が検察官から取り寄せた不提出記録中の写真八葉(No.13、14、17ないし22)等を資料にして、「(1) 本件頭蓋骨骨折の発生機転(成傷器の種類、打撃の回数、打撃の方向、打撃の態様等)はどうか。(2) 請求人の検察官に対する昭和二七年一〇月一九日付供述調書中で述べられたような加害方法により、右頭蓋骨骨折は生じうるか。」について鑑定をした結果、とくに本論点の整合性の有無について、おおよそ次のとおりの所見を述べている。

「(ⅰ) 本件頭蓋骨の骨折は、バットによる一回の殴打によつても生じうるが、バットが右骨折の成傷器であるとした場合、前記2、(二)の陥没状況に照らすと、バットの先端は、頭蓋骨のm線と冠状縫合との接点付近に命中し、同部位に最も強い外力を与えたと考えられるが、同時にm線の全長を含む面にも相当強い外力を与えたと考えられる。また、l、m、nの各骨折線がx骨折線で止まり、その後方に及んでいないことに照らすと、バットの軸は、x線の後方にある骨にはほとんど接触しなかつたと考えられる。更に、m線の陥没の程度が冠状縫合寄りに近いほど深いことなどに照らすと、バットの軸は、頭部に対して上方から下方に向う方向で、かつ打撃の瞬間において、m線の全長に対してやや前下がり又はほぼ平行の角度で振りおろされたと考えられる。(ⅱ) 人が立位の姿勢で頭部を普通の状態に保つて歩行する場合、眼窩の下縁と外耳孔上縁とを結ぶ線はほぼ水平になるのが通常であり(眼耳水平面)、人によつて頭部をやや前屈又は後屈の状態に向ける癖があつても、その角度はせいぜい一〇度以内であること、本件バットの先端の命中部位の頭部における位置、加害者が力いつぱいでバットを振りおろす場合の腕の肘の曲がり角度、本件頭蓋骨の骨折の程度、状況等を考慮すると、加害者及び被害者がともに立位の姿勢にあり、かつ加害者が被害者の後方又は左側後方からバットを振りおろしたとすると、被害者の身長が加害者のそれより約四〇センチメートル以上低いか、又は被害者が打撃の瞬間にかがみこむか膝をつくなどして、その頭部が加害者の頭部より約四〇センチメートル以上低い位置になるか、そうでなければ、被害者の頭部が打撃の瞬間に特殊な事情によつて約四五度以上後方に傾いた場合でなければ、バットの先端を被害者の頭部のm線と冠状縫合との接点付近に命中させ、かつバットの軸をm線の全長に対しやや前下がり又はほぼ平行の角度で振りおろし、前記のような高度で広範囲の複雑陥没骨折を生じさせる打撃力を発揮することは不可能である。」

このような所見を述べている。

(二) 高取鑑定人の右所見中、(ⅰ)に記載したバットの命中部位、バットの振りおろされた方向、角度、頭蓋骨に加わつた外力の程度等については、三宅供述録取書、三宅原審供述、船尾当審供述にも、ほぼ右に副う所見が述べられている。すなわち、三宅鑑定人によると、「本件頭蓋骨の、がm線を谷底にして陥没し、その陥没の程度も、m線と冠状縫合との接合部付近が一番深いこと、また、前頭骨のうち右接合部付近(別紙図面A部分)に打撃によつて生じた血腫の跡と思われる出血斑がみられたこと、また、前頭骨にも弧状の骨折線(k線)が存在していたことなどから考えると、バットが凶器であるとした場合、バットの先端はA付近ないしm線と冠状縫合との接合部付近に命中したと考えられる。頭蓋骨模型とバットを用いて、打撃の瞬間におけるバットの軸の頭蓋骨に対する角度を示すと、バットの軸は前下がりの角度で右箇所に命中したものと考えられる(三宅鑑定人の原審証人尋問調書添付の写真4の1、2参照)。バットの軸が前上がりの角度で右側頭頂骨の後方寄りや後頭部に当たつたとは考えられない。したがつて、加害者は、被害者の後方のやや高い位置から被害者に打撃を加えたものと考えられる。」というのである。また、船尾鑑定人も、「三宅原審供述及び三宅鑑定書等によれば、本件頭蓋骨の右側頭頂骨の、がm線を谷底にして陥没し、かつの一部も陥没しているやに理解されるが、このような陥没の具体的状況を前提として考えると、バットの軸はm線全体に当たり、その衝撃によつて、、が陥没したと考えられる。右側頭頂骨はかなり硬い骨でできており、力いつぱいの攻撃が加えられたと考えられる。打撃は、頭頂部の右側で、前やや左方から後ろやや右方に向う方向で加えられたと考えられる。また、m線のうち、冠状縫合寄りの部分が一番深く陥没していたことに照らすと、被害者の頭部が普通の状態で正面を向いていた場合には、加害者は、被害者より背が高いか又は高い位置にいて、バットを振りおろし、打撃の瞬間、バットの先端はやや前下がりの状態で頭蓋骨に命中したと考えられる。もつとも、被害者が顔を上に向けていた場合には、バットの軸はやや上向き加減で振りおろされたと考えられる。」旨述べている。高取鑑定人の右(ⅰ)の所見の妥当性を否定するに足りる証拠はない。また、(ⅱ)の所見についても、右に摘示した三宅供述録取書、三宅原審供述、船尾当審供述はこれに副うものであり、他にこれに反する証拠はなく、かつ高取鑑定人が当審における証人尋問に際し、頭蓋骨模型とバットを用いて実演したうえ、所見の根拠について詳細に説明していることなどを総合すると、右(ⅱ)の所見も妥当なものと認められる。

(三) 以上の各証拠から認められる事実のほか、請求人の検察官に対する昭和二七年一〇月一六日付供述調書によれ請求人の身長は約五尺三寸(約160.6センチメートル)、三宅鑑定書及び渡辺鑑定書によれば被害者のそれが約一六二ないし一六三センチメートルで、請求人の方がやや背が低いこと、犯行現場とされている場所付近は緩やかな下り坂であつたが、加害者と被害者がバットで殴打しうる範囲の間隔をおいて離れていたとしても、双方の頭部の高さにそれほどの異動が生じるほどの急勾配であつたとは認められないこと、梅田自白をみても、打撃の瞬間において大山が膝をつくとか又はかがみこむなどして、その頭部の位置が顕著に低くなつたことをうかがわせる状況は全く認められないこと(そのような顕著な姿勢の変化があれば、前述のような低照度の場所であつたことなどを考慮しても、加害者によつて認識されないことは考えられない。)、更に、被害者が暗い夜の山道を歩行していた際足元も視野に入らないほど上向きの状態で歩行していたとは考えられず、また、打撃の瞬間に異常な気配を察知するなどしたとしても、頭部を約四五度以上も後方に倒すような特殊な挙動に出たとは、到底考え難いこと(なお、前記3、(二)で指摘したように、被害者が打撃の瞬間に顔を右方に向けるなどしない限り、バットの軸がm線の全長を縦断する方向に振りおろされることはなく、この点も併せ考慮すると、被害者が頭部を後方に約四五度以上傾け、かつ顔を右方に相当大きな角度で向けるような可能性はほとんどないといえよう。)等を総合すると、梅田自白で述べられているような打撃態様、位置関係などによつては本件頭蓋骨の骨折状況を生じさせることは、不可能であるか又は極めて困難であるとの疑いが強いと認めるのが相当である。なお、犯行現場の勾配等について、司法警察員作成の昭和二七年一〇月一日付実況見分調書の「本件現場付近の模様」の項中に「仁頃道路より山道に入る両側は、畑で豆の刈つたのが点々と積んである。山道は一五度位の坂道で、仁頃道路よりダラダラと下つている。」との記載がある。しかし、同調書添付の請求人により殺害現場として指示された道路付近を撮影した写真第一ないし第三、第五及び第六、検察官作成の同月八日付検証調書に添付された同様の写真第二及び第三、確定一審の検証調書添付の付近道路を撮影した写真第二などを総合すると、殺害現場とされている付近の道路はやや下り勾配となつているが、約一五度というほどの勾配があるとは到底認められない(確定一審の検証調書では、「その道路の奥地に向つて緩い下り勾配」と表現されており、当審の検証調書によれば、道路は改修されているが、本件現場付近の勾配は約六度程度である。)。

(四) 相場鑑定書及び相場当審供述によると、同鑑定人は、当審において、「(1) 昭和二五年一〇月一〇日午後七時以降における北見市高台第五区の仁頃街道から約一〇〇メートル入つた山道、その東側の草原、山林及び同山林内の死体の埋没された沢ないし穴の明暗の程度はどうか。(2) 請求人が捜査官に対し供述する右日時場所における行動は、燈火を用いずに可能であるか。前々日昼間下見をしていた場合はどうか。請求人が近視であつたことにより、影響があるか。」について鑑定をしたが、本論点に関し、おおよそ次のとおりの趣旨の鑑定結果を報告している。

(ⅰ) 相場鑑定人は、まず明るい環境下で概略次のような打撲実験を行なつた。すなわち、昭和五八年一一月二六日午後四時から約四〇分間にわたり、屋外の平地において、加害者役と被害者役に分れた被験者二名を、左右に約1.2ないし1.5メートルの間隔を置いて通常の速度で並んで歩行させる。左側の者を加害者役と定め、同人は細い握り部分を切り取つた野球用バット(長さ約60.6センチメートル、重さ約五二〇グラム)を、細い部分を上にして上衣の内側に入れ、太い部分を左手掌で支え持ち、予め定められた地点(打撲行為地点)に到達したとき、突如右足を一歩後方に引き、同時にバットの太い部分を右手に握つて上衣の中から抜き出し、両手でバットの細い部分を握つて振りかぶりざま、その太い方の部分で、被害者役が自分の右側に密着して歩いていると想定して、その仮想の頭の位置をねらつて殴りつける。一方、被害者役は、その歩行のペースを終始一貫して変えないでそのまま歩行を続ける。そして、前記打撲行為地点の真横左方約22.5メートル離れた地点からビデオカメラで被験者両名の行動を撮影した。被験者には、大学生、大学院生、助手計五名を用い、それぞれ異つた対を作つて、加害者役と被害者役を演じさせ、また、終始一貫したペースでかつ通常の歩行速度より早くない速度で歩行を続けることができるよう各数回練習させた。このような実験を行ない、録画上、加害者役の振りおろすバットの先端が被害者役の後頭部に当たる位置にくる確率を調査した。更に、比較対照のため、加害者役のバットの持ち方を変え、単にバットの太い方を左手でぶら下げている状態で持たせて、同様の実験を行なつた。

以上の各実験の結果、加害者役がバットを梅田自白に述べられているとおりの方法で持つた場合には、一九例中一〇例において、加害者役のバットの先端が被害者役の身体から完全に外れ、残り九例において、バットの先端が被害者役の背中をかすめる程度に終り、結局、一例も後頭部には当たらなかつた。一方、梅田自白によらないで、ただ左手にバットをぶら下げた状態から打撲を行なつた場合には、五例中二例が後頭部に当たり、二例が肩と背中に当たり、一例は全く身体に当たらなかつた。

(ⅱ) 次に、同鑑定人は、事件当時の現場付近の明暗度を考察した。その方法は、まず二回にわたつて現地調査をし、現在の夜間における現場の種々の方向の照度測定と視認実験等を行ない、現場の照度に影響を及ぼすと考えられる諸要因とその変遷について考察し、付近の市街地の人口の変化、公衆街路燈、業務用電力、電燈用電力の各需要の推移、変化、都市光の夜間の明るさに影響する範囲、程度、天文学における夜空の照度、現場の地形状況、本件当時の月齢等を調査し、これらを総合的に検討した結果、殺害現場とされている山道の事件当時の照度は5.6×10-4ルックスであると推定した。

そこで、次に、室内で、人工の方法で前記照度に近似する6.6×10-4ルックスの照度の環境を作り、前記明るい環境下での実験と同じ装置類を用い同様の打撲実験を行なつた(なお、ビデオカメラの光源として赤外線放射器を使用した。)。この実験結果によると、加害者役のバットが被害者役の後頭部に当たる位置にくることはほとんどなかつた。すなわち、肩部に当たつたのが一六例中三例で、その余はすべて身体から外れる結果に終つた。バットの先端が被害者役の身体を外れる度合も、明るい環境下での実験よりも、若干大きいことが認められた。

同鑑定人は、右実験結果の原因について、まず基本的には、(a) 加害者役が打撲に移る前にいつたん止まり、その状態からバットを取り出し持ちかえるために時間を要すること、(b) 被害者役はこれらの一連の動作に気が付かず、そのまま進行しようとすることなどが考えられ、更に、(c) 前記の低照度の下では、加害者役の眼はいわゆる「暗所視」の状態になつて、光刺激に対する感応速度が低下し、被害者役が通常の速度で歩行していた場合、加害者役による被害者役の位置に対する視覚的定位と現実の位置との間に約一〇センチメートルのずれが生じること、及び被害者役の輪郭を不明瞭にしか把握できないことなどによつて、動作に遅れが生じ、打撲の成功率が一層低い結果に終つたことが理解される、と述べている。

相場鑑定の結論等について、検察官から種々の反証の書面が提出されたが、右鑑定結果の妥当性を揺がすに足りるほどの事情は現われていない。

右鑑定結果に照らすと、梅田自白による打撃態様によつては、バットの先端が被害者の頭部に到達して前記骨折を生じさせることは不可能であるとの疑いがある。

5梅田自白によれば、請求人は、前記山道を大山の左側に並んで歩行中、その隙をみて、右足を一歩後方に引き、同時に上衣の中からバットを抜き出し、両手でこれを握り振りかぶりざま、その太い方の部分で大山の頭の後ろの方を一回殴打したというのであるが、新規性のある証拠である三宅供述録取書及び三宅原審供述によつて判明した大山の頭蓋骨の陥没骨折の具体的状況及びこれを基礎とする新規性のある証拠である高取鑑定書、船尾、高取各当審供述並びに右三宅供述録取書及び三宅原審供述から認められる右陥没骨折の原因となつた打撃の命中部位、打撃の方向、角度等を総合すると、右自白で述べられているような打撃の態様、すなわち打撃の動作、その際の請求人と被害者の位置、双方の姿勢、体位等によつては、大山の頭部に存在するような陥没骨折を生じさせることは不可能であるか又は極めて困難であり、両者の間には整合性は認められない疑いが生じただけでなく、更に、新規性のある相場鑑定書及び相場当審供述によれば、右の打撃態様によつては、そもそもバットの先端は大山の頭部に到達しえない疑いすら生じたものである。

したがつて、梅田自白中バットによる殴打に関する供述部分は、少なくとも打撃態様に関する限りは、虚偽であるか又は事実に反する疑いが強いといわなければならないが、このような虚偽ないし事実に反する供述がなされた原因に関しては、およそ次の三通りの見方をすることができよう。その一は、請求人は真犯人であり、かつバットで大山の頭部を殴打したことも事実であるが、その打撃態様について誤つた認識ないし記憶を有していたため、その点に関して事実に反する供述をしたにすぎないという見方である。しかしながら、前掲各証拠から明らかな骨折の状況や打撃の命中部位、方向、角度等に照らすと、バットが凶器であるとした場合、少なくとも犯人の上半身が大山のそれよりも相当高い位置にあつたか、又は同人が頭部を後方にかなりの角度傾けたかのいずれかであることは動かし難いところであるが、このような両者の体位あるいは大山の挙動は、同人と並んできたはずの犯人が誤認したり、記憶を混同したりする余地のない事柄であり(なお、確定記録中にある清水一郎の検察官に対する昭和二七年一〇月一六日付供述調書及び確定一審における供述によると、同人は、小林事件において、羽賀から、小林を殺害する方法として、同人の先になつて山道を案内して行き、殺害予定地点に達したならば、ハンカチか何かを落として、小林をして腰をかがめてそれを拾おうとさせ、その隙にバットで同人の頭を殴打し、すかさず縄をその首にかけて締め殺すのがよい旨指示されるとともに、大山事件でも、羽賀は札幌からきた男とともに、鉛を内部に流しこんだ子供用の野球用バットで大山の頭を殴り、かつ縄をその首にかけて締め殺したとの話を聞かされたことが認められ、このことに徴すると、大山事件の犯人は、大山が腰をかがめるなどした際にバットで殴打したのでないかとみるべき可能性もあるが、請求人が犯人であればこのような状況について誤つた供述をすることは通常考えられない。)、そのほか、右自白部分の全内容、前後の叙述との関連などをみても、犯人ではあるが打撃の態様についてのみ誤つて認識したとか、記憶違いをしたなどとうかがうべき形跡は見当らない。その二は、やはり請求人は真犯人であり、バットで殴打したことも事実であり、かつ打撃態様についても正確な認識ないし記憶を有していたが、一定の計算ずくの意図、例えば、打撃の態様を偽ることによつて犯情を有利に導こうとする意図、又はあらかじめ打撃態様について虚偽の供述をし、将来それが骨折の具体的状況等と符合しないことが判明した場合、これを手掛りにして自白全体の真実性に疑問を抱かせようとする意図から、打撃態様について虚偽の供述をしたのでないかという見方である。しかし、打撃の態様について右の程度の偽りを述べることが犯情に格別の影響をもたらすことになるとは思われないし、また、請求人が右自白当時、大山の頭蓋骨の骨折の具体的状況などについて詳細な知識をもつていたというようなことも到底考えられないことなどに徴すると、右のような計算ずくの意図から殊更打撃態様について虚偽の供述をしたという見方もとりえない。その三は、請求人は真犯人ではなく、実際にバットで大山を殴打しておらず、単に捜査官から誘導されるなどして述べたにすぎないため、打撃態様について真相に触れる供述をすることができなかつたという見方である。前記その一及びその二の見方が成り立ちえない可能性が大きい以上、最後のこの見方を否定することはできないであろう。梅田自白中バットによる殴打に関する供述部分を精査するとき、その打撃態様と骨折状況との間に整合性が存在しないということのほかにも、種々の不自然、不合理な点のあることに気付かざるをえない。そのうちの顕著なものは、原決定も指摘しているように、約六〇センチメートルもの野球用バットを上衣内側に隠し持つた姿の異常さであり、また、バットが大切な凶器であるならば、羽賀から直接手渡しを受けるなどするのが当然であるのに、青年会館の裏の薪の下に隠しおき請求人において燈火も用いずに手探りで同会館の裏の縁の下や薪の下を探すなどして、ようやくこれを入手したというのも理解し難い点である。これらの点も合わせ考慮すると、前記その三の見方をいれるべき余地は大きいといわなければならない。

結局、梅田自白による打撃態様によつては、大山の頭蓋骨の陥没骨折を生じさせえない疑いが強く、同自白中バットによる殴打に関する部分が果たして真相に触れたものかどうかははなはだ疑わしく、右供述部分の真実性について合理的な疑問があるとした原決定の判断は、結論においてこれを是認することができる。論旨は理由がない。

五  ナイフによる刺突に関する新証拠について(即時抗告申立書二、3、(二)、(三)、即時抗告理由補充書第五)

所論は、原決定が、新証拠と旧証拠とを総合して検討すると、大山の頭蓋骨に存在する菱形状骨欠損は、梅田自白で述べられているナイフの刺突によつて生じたものではなく、同頭蓋骨右側頭頂骨に存在する複雑陥没骨折に随伴して生じたものにすぎない疑いがあり、右自白中ナイフの刺突に関する供述部分の真実性について合理的な疑問が生じたとしているのは、不当である、というのである。

本論点についても、当裁判所は種々事実の取調べをしたが、その結果現われた証拠を原審当時の証拠に加えて検討すると、原決定の右結論はこれを是認することができる。

以下、この点に関する梅田自白及びその裏付証拠とされている三宅鑑定書の各内容を摘示したうえ、同鑑定書に記載された菱形状骨欠損の成因等に関する証拠を検討し、同骨欠損がナイフの刺突によつて生じたものであるか、又は前項で述べた右側頭頂骨の複雑陥没骨折に随伴して生じたものにすぎないか、これに関連して、三宅鑑定書に記載されている大脳損傷が果たして刺創であるかどうか等について、順次考察する。

1 梅田自白の要旨とその裏付証拠

(一) 梅田自白には、大山の殺害方法に関して、バットによる殴打に続いて、ナイフで大山の頭部を突き刺したこと及びその際の状況等が詳細に述べられている。その要旨は、「事件当日夕方自宅を出る際、私が尋常高等小学校の高等科一年生の時に五〇銭で買つた刃の長さ二寸五分くらい、刃の幅五分くらい、刃の厚さ一分くらい、柄は鉄板製で長さ三寸くらい、幅一寸くらいで、刃のほかに栓抜き等の道具がついている七徳ナイフを持つてきた。そして、柴川木工場の材木置場で、雑きんを破つて作つた幅二寸くらい、長さ五、六寸の布切れをナイフの柄に巻いた。……犯行現場で、バットで大山の頭の後ろの方を殴りつけたところ、大山はウウンとうなつて右側の道路端に倒れた。仰向けに近い姿勢で倒れ、顔は大山自身から見て右側の方に少し曲げていた。大山が倒れると、すぐポケットからナイフを取り出して右逆手に握り、大山の頭の方で腰を低くして右膝をつき、大山の頭を目がけてグサッと突き刺した。どこに突き刺さつたか、夢中だつたのではつきりしない。ナイフを握つている右手の小指側が大山の頭にガシッとぶつかつたので、ナイフの刃の部分が全部大山の頭に突き刺さつたのは覚えている。上から下に真直ぐナイフを突き下ろしたように思う。グサッと一回突き刺してから、直ぐナイフを引き抜き、ナイフは付近に投げ捨てた。」というのである。

ナイフの刺突に関する供述は、請求人の司法警察員に対する昭和二七年一〇月三日付及び同月四日付各供述調書に簡単な形式で現われ、検察官作成の同月八日付検証調書の請求人の指示説明中にも同旨の説明があり、最終的に請求人の検察官に対する同月一七日付及び同月一九日付各供述調書で詳細な供述になつている。

(二) 確定一審判決の挙示する証拠関係を検討すると、右自白部分を一応裏付ける証拠としては、三宅鑑定書中に次の趣旨の記載がある。

「(1) 本件頭蓋骨の右側頭頂骨の後方寄りに『長径約二糎、短径約1.5糎のほぼ菱形状の骨欠損(別紙図面のB部分)』がある。その成因は、右側頭頂骨を中心にして存在する陥没骨折の副産物的損傷として生じたものであるかどうか不明であるが、同骨欠損が他の骨折線から比較的孤立していること、その内板が遊離して頭蓋内に沈下萎縮して存在する大脳に一部挿入されるような状態で付着していたこと(なお、外板の所在は不明である。)などから考えると、同骨欠損は凶器の侵入によつて生じた独立創傷と推考される。

(2) 菱形状骨欠損にほぼ一致(対応)する大脳頭頂葉の後ろの箇所に、『長径1.8糎、短径0.5糎、深さ2.5糎の刺創様の損傷』がある。その成因は、この損傷部に、前記のとおり、菱形状骨欠損にほぼ一致する骨内板が一部挿入されるような状態で付着していたことなどから考えると、右内板の挿入によつて生じたものか又は凶器の直接の侵襲によつて生じたものか不明であるが、後者の原因によるものと推考される。」

三宅鑑定書の右記述は、菱形状骨欠損及び大脳損傷を凶器の侵入によつて生じたものであると断定しているものではなく、どちらかといえば、そのようにみるべき可能性が大きいと推考しているにすぎないものと解される。また、その凶器の種類、性状についても、詳細な記述はなく、単に「刺創のために用いたる凶器は明らかではないが、少なくとも骨表面に止まりたる個所の凶器の幅は1.5糎以内であると推考する。」と述べているだけであり、梅田自白に述べられているような七徳ナイフがこれに適合するかどうかについても、なんらの所見を述べていない。

しかし、確定一審判決が、「罪となるべき事実」中で「請求人がナイフを取り出して、昏倒した大山の頭部を突き刺した」旨認定したうえ、その「証拠の標目」中で右自白と三宅鑑定書を掲げていること、また、確定二審判決も、右自白で述べられているナイフの刃の長さ、幅(五分)、厚さ、並びに「ナイフを大山の頭を目がけてグサッと突き刺したところ、ナイフを握つている右手の小指側が大山の頭にガシッとぶつかつたので、ナイフの刃の部分が全部大山の頭に突き刺つたのは覚えている」旨の供述部分と、三宅鑑定書中の凶器の推考に関する「刺創のために用いたる凶器は明らかではないが、少なくとも骨表面に止まりたる個所の凶器の幅は、1.5糎以下である」旨の記載及び大脳損傷に関する「深さは、すでに脳軟化を起こし大脳が下方に沈下しておること等より実際の長さは測定値より長いと推考する」旨の記載との照応関係を指摘し、これを右自白の真実性を肯定すべき主要な理由としていることなどにかんがみると、確定一審判決及び同二審判決は、いずれも菱形状骨欠損及び大脳損傷をナイフの刺突によつて生じた創傷であると推認し、これを右自白の真実性を裏付ける有力な客観的証拠であると判断したものと解される。

2 菱形状骨欠損及び大脳損傷の各成因等

そこで、菱形状骨欠損が果たして凶器の侵入によつて生じた独立創傷であるか又は前記複雑陥没骨折に随伴して生じた創傷にすぎないか、仮に、それが独立創傷であるとして、ナイフの刺突によつて生じうるものか、また、大脳損傷は刺創であるか否かなどについて検討することとし、これらの点に関する原審及び当審に現われた各新証拠の内容を調べてみる。

(一) 三宅供述録取書及び三宅原審供述

その要旨は、次のとおりである。

「  菱形状骨欠損の成因については、本件死体の解剖をした当初には、陥没骨折に随伴して生じた可能性も考えたが、結局は、鑑定書に記載した理由から、凶器の侵入によつて生じた独立創傷とみるのが妥当であると考えた。現在においても、そのように考えている。もつとも、独立創傷とみた場合、その凶器の種類、性状について、鑑定書では単に『骨表面に止まりたる個所の幅は1.5糎以内である』とだけ記載したが、これを更に詳しく説明すると、その先端の形状の断面は菱形状骨欠損部に類似するものであり、かつ骨欠損を惹起するに足りる相当重量のある凶器でなければならず、例えば、ピッケル様のものがこれに適合し、梅田自白で述べられている七徳ナイフはこれに適合しないと考える。

大脳頭頂葉に鑑定書に記載したとおりの損傷がみられたことは間違いない。損傷の深さは、ゾンデを静かに差しこんで測定した。大脳は沈下萎縮し、正常な組織をとどめておらず、泥状になつていた。鑑定書に『創傷部の脳膜に出血の跡を見る』と記述したが、その部分は黒くなつていたと記憶する。創洞を確認するため脳を切開するなどしていないが、その深さの測定は正確であると考えている。」

これによれば、菱形状骨欠損の成傷器はナイフではありえないというのであるが、この点を除くと、旧証拠の内容と同趣旨である。

(二) 船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述

その要旨は、次のとおりである。

「  菱形状骨欠損が陥没骨折の周辺部に、かつこれと全く独立したとはいい難い位置に存在していること、欠損部分の外板の所在は不明で、内板が頭蓋内に落下しており、外板と内板が完全に分離していること、刺器によつて頭蓋骨に穿孔創が生じる場合には、外板と内板が完全に分離することは通常ありえないこと、その他、自分がこれまで行なつた頭部の損傷に関する多数の鑑定経験などに照らすと、菱形状骨欠損が独立創傷であることの可能性はほとんどなく、陥没骨折の随伴創傷であると推定してよいと考える。仮に右骨欠損が独立創傷であるとした場合、その成傷器は、先端が鋭く、しかもその断面が二センチメートル×1.5センチメートルくらいの大きさのものでなければならず、ナイフのような刃器ではありえないと考える。ナイフのような刃器によつて菱形状の骨片を脱落させる創傷を生じさせることは不可能である。

本件死体は約二年間土中に埋没されていたが、そのような場合、大脳は高度に腐敗し、発掘後に埋没前に存在した刺創を確認することは不可能である。」

(三) 船尾当審供述

この要旨も、右(二)と同旨であるが、菱形状骨欠損が随伴創傷であつて独立創傷でないとみるべき理由について、次のとおり、更に詳しく説明している。

「菱形状骨欠損が陥没骨折の周辺部に位置し、かつこれを組成する骨折線と連絡していることからみて、これに随伴して生じたものと考えるのが、極めて自然である。この点に関して、三宅鑑定書は、同骨欠損が他の骨折線から比較的孤立していると指摘しているが、右の位置関係及び骨折線の連絡関係に照らすと、比較的孤立しているという指摘は当たらないと考える。また、同鑑定書は、欠損部の外板と内板が分離していることを独立創傷とみることの根拠としているが、このような分離は、穿孔創には通常みられない現象であり、かえつて、陥没骨折に随伴して生じた骨折に多くみられるものであり、菱形状骨欠損を独立創傷とみるべき可能性はほとんどないと考える。」

(四) 高取鑑定書及び高取当審供述

その要旨は、次のとおりである。

「  菱形状骨欠損と陥没骨折の位置関係、各骨折線の接続の状況等からすると、菱形状骨欠損は陥没骨折に随伴して惹起されても全く不思議ではなく、更に、欠損部の外板と内板が完全に分離しているうえ、刺器が頭蓋骨に作用して外板を穿孔し、かつその下方の内板に骨折を生じさせる場合には、内板の方が外板よりも広い範囲で折損するのが通常であるが、菱形状骨欠損から分離して大脳に落下した内板の大きさは外板のそれとほとんど一致するものであつたようにうかがわれるので、このことに照らしても、菱形状骨欠損は独立創傷ではなく陥没骨折に随伴して生じたものと考えるのが妥当である。仮にそれが独立創傷であるとしても、ナイフのような刃器は成傷器ではありえないと考える。

死体が二年間土中に埋没された場合、大脳は軟化融解し、次いで腐敗して液状化して脳の原型をとどめなくなり、その後比較的乾燥した状態におかれると、水分が失われ、萎縮して粘土状になつたり又はヨーグルト状になつたりするが、発掘後において埋没前の脳刺創やこれに伴う出血の痕跡などを確認することは不可能である。三宅鑑定人が解剖時に観察した大脳の損傷は、死体の発掘、運搬又は解剖などの際に骨片がはく離するなどして落下し、脳内にかん入して生じたものではないかと考える。」

(五) 渡辺原審供述

その要旨は、次のとおりである。

「  ナイフを頭蓋骨に突き刺しても、菱形状骨欠損のような創傷を生じさせることは非常に困難である。しかし、三宅鑑定書によると、菱形状骨欠損に対応する大脳の損傷は大変はつきりした刺創の形をしていたと思われるので、同骨欠損は独立創傷と思われる。バットによる殴打等によつて本件頭蓋骨のB部分に骨折線や亀裂線が生じ、その箇所に大脳損傷の幅のナイフがらようどよく突き刺されば、ナイフによつても菱形状骨欠損ができる可能性がある。

死体が二年間土中に埋没されていた場合、大脳は腐敗萎縮してしまい、埋没前に存在した刺創は正確な形状をとどめなくなるが、三宅鑑定書によると、一種の刃物の傷と思われる損傷が大脳に存在していたようであるから、その損傷は刺創と思われる。」

(六) 渡辺当審供述

その要旨は、次のとおりである。

「  菱形状骨欠損を陥没骨折の随伴創傷とみることは可能であり、また、刺器による独立創傷とみることも可能である。仮に独立創傷とした場合、通常人の力をもつてしては、ナイフでこれを生じさせることは不可能である。

二年間土中に埋没されていた場合、大脳の蛋白質成分はほとんど融解してしまうので、刺創の有無を確認することは不可能である。」

以上(一)ないし(六)の各新証拠と旧証拠である三宅鑑定書を総合すると、前記各論点について次のとおり認めることができる。

三宅鑑定人は、鑑定書中において、菱形状骨欠損を凶器の侵入によつて生じた独立創傷であると推考し、その主な論拠として、前記のとおり、右骨欠損が複雑陥没骨折を組成する各骨折線から比較的孤立していること及び右骨欠損部の外板と内板が分離していることの二点を挙げており、三宅供述録取書及び三宅原審供述においても、右所見を維持している。しかし、船尾、高取各鑑定人の前記説明に照らすと、右二点の論拠はいずれも妥当なものとは思われない。菱形状骨欠損が複雑陥没骨折を組成するx、y等の骨折線と接続又は連絡していることなどに照らすと、比較的孤立しているとはいい難いし、右骨欠損部の外、内板分離の事実も該欠損部を独立創傷と推考すべき根拠となりえないと思われる。

菱形状骨欠損を独立創傷とみるべき可能性はほとんどなく、複雑陥没骨折に随伴して生じた創傷にすぎないとみるべきであるとする船尾、高取各鑑定人のあげる論拠は、いずれも合理的なものであつて首肯することができ、かつ関係証拠から認められる頭蓋骨の骨折状況等とも合致しており、その他両鑑定人の法医学上の経験、経歴等に照らして、右所見は十分措信するに足りるように思われる。渡辺鑑定人の所見もこれに対立するものとは認められない。のみならず、仮に菱形状骨欠損が独立創傷であるとしても、梅田自白で述べられているような七徳ナイフがその成傷器になりえないことについては、三宅供述録取書、三宅原審供述、船尾原審及び当審各供述、高取当審供述の一致するところであり、渡辺当審供述もほぼこれを認めている。したがつて、菱形状骨欠損をナイフの刺突によつて生じたものとみるべき余地はないといわざるをえない。

また、大脳損傷を刺創であると推考した三宅鑑定書の所見も妥当性を有しないことは、船尾、高取、渡辺各鑑定人が一致して指摘しているところであり、三宅鑑定人も当審において、ほぼ右指摘を肯定する趣旨を述べている。大脳損傷を刺創であると推考すべき余地もないといわなければならない。

なお、渡辺鑑定人は、原審において、バットの殴打によつて菱形状骨欠損部付近に骨折線や亀裂線が生じ、その箇所にナイフの刃がちようどよく突き刺さり、大脳にも刺創を生じさせたとみることもできるとの趣旨の所見を述べているが、その理由は、三宅鑑定人が解剖検査時に大脳損傷を刺創と観察したからというだけであつて、他に格別の根拠をあげていないこと、しかも、前記のとおり、大脳損傷を刺創とみることができないことに照らすと、右所見は採用できない。

3 梅田自白中ナイフの刺突に関する部分の真実性に関する原決定の判断

(一) 梅田自白によれば、請求人は、バットで大山の頭部を殴打した後、七徳ナイフを右逆手に握つて、転倒していた大山の頭を目がけてグザッと一回突き刺し、その際ナイフを握つている右手の小指が大山の頭にガシッとぶつかつたので、ナイフの刃の部分が全部大山の頭に突き刺つたのは覚えている、というのであり、また、三宅鑑定書によると、大山の頭蓋骨には凶器の侵入によつて生じたと推考される菱形状骨欠損があるほか、大脳頭葉に刺創と推考される損傷が存在していた、というのであり、そして、確定一審判決及び同二審判決は、右菱形状骨欠損及び大脳損傷を右自白部分の真実性を裏付ける客観的証拠である、と判断していたものである。

しかし、新規性のある証拠である三宅供述録取書及び三宅原審供述(ただし、成傷器の適合性に関する所見部分)、渡辺当審供述(ただし、大脳損傷を刺創と確認することは不可能であるとの所見部分)、船尾打撃等鑑定書、船尾原審及び当審各供述、高取鑑定書、高取当審供述によつて、菱形状骨欠損及び大脳損傷はいずれもナイフの刺突によつて生じたものとはいえない疑いが極めて強いことになつたのであるから、梅田自白中ナイフの刺突に関する部分の真実性を裏付ける証拠とされていた三宅鑑定書中の前記記載部分の証拠価値は大幅に低減するとともに、右自白部分の真実性についても合理的な疑問が生ずるに至つたといわなければならない。なお、原審で取り寄せた不提出記録中に、司法警察員伊藤力夫が大山の死体発掘直後に行なつた検視の結果を記した昭和二七年一〇月二日付検視調書があり、その「死体の状況」欄に「右後頭部に五分に六分位の三角形の刺傷様の穴あり内部に至つている」との記載及び「検視者の判断」欄に「頭蓋骨内部に達する刺傷があること……等より判断するに、本件は……鈍器用のもので頭部を強打昏倒させ短刀様のもので頭部を突刺し……たものであると認める」との記載があり、このうち、「五分に六分位の三角形の刺傷様の穴」又は「頭蓋骨内部に達する刺傷」というのは、前記菱形状骨欠損を指すことが明らかであり、かつ検視者はこれを「短刀様のもので頭部を突刺し」たことによつて生じたものと即断したことが認められるが、この事実と右検視者である司法警察員伊藤力夫が請求人の最初の自白調書の作成者であることを合わせ考えると、梅田自白中ナイフの刺突に関する供述は、同司法警察員による菱形状骨欠損の成因に関する前記のような誤つた即断に基づく誘導的尋問の所産ではないかとの疑いがあるとみることができよう。いずれにせよ、梅田自白の重要部分を構成するナイフによる刺突に関する部分の真実性については重大な疑問が生じたといわなければならない。

(二) 原決定は、三宅新供述によつて明らかにされた大山の頭部の複雑陥没骨折の具体的状況等を基礎にして、菱形状骨欠損は右陥没骨折の随伴創傷として生じたものとみるべき可能性が大きく、菱形状骨欠損を独立創傷と推考する三宅鑑定書の所見は根拠に乏しいと考えられるとして、その理由を詳述し、仮に菱形状骨欠損が独立創傷であるとしても、三宅新供述によれば、ナイフの刺突によつて生じたものとは認められず、更にまた、仮に菱形状骨欠損が独立創傷であり、かつナイフの刺突によつて生じたものであるとしても、梅田自白で述べられているような被害者の転倒していた状況、顔の向き、加害動作等と菱形状骨欠損の部位との間には整合性が認められないと判断し、以上を理由にして、菱形状骨欠損はナイフの刺突によつて生じたものでない疑いが強く、梅田自白中ナイフの刺突に関する部分の真実性について合理的な疑いが生じた、としている。

原決定の右理由の一部には、首肯し難い点が含まれており、ことに、菱形状骨欠損を独立創傷とみるべきか又は随伴創傷とみるべきかについて、船尾打撃等鑑定書及び船尾原審供述に述べられている見解は、同鑑定人が「陥没骨折を生ぜしめた打撃態様を判断する前提事実を正しく認識していなかつた疑いがあるので、同骨折との随伴関係の判断もまたその影響を受けている疑いがあり、その誤認が正されない限り」、これを「そのまま採用することは到底できない」としている点は賛同し難いものであるが(同鑑定人が右にいう前提事実を誤認している、とは認め難い。)原決定の到達した結論自体は当裁判所の判断と一致するものであり、原決定の結論は是認することができる。結局、論旨は理由がない。

六  絞頸縄の巻き数について(即時抗告申立書二、3、(四)、即時抗告理由補充書第六)

所論は、原決定が、被害者大山の絞頸縄の巻き数について、梅田自白では二巻きとなつているが、三宅鑑定書及び三宅確定二審供述によれば、右死体の頸に巻き付けられていた縄は三巻きであり、この点は確定二審判決によつても自白が客観的事実に反するところとして指摘されているとしているのは、不当であるとして、次のように主張する。すなわち、梅田自白には、「ナイフによる頭部刺突の後、ポケットから結び目を作つた麻縄を取り出して大山の頸に巻きつけ二巻きして力一杯ギュッとその麻縄を絞めて両端を大山の右頸のところで一度交錯させてから、その縄の大山から見て左側のものを右の交錯箇所で既に巻き付けた縄の下に差し込んだ」とあるが、傍点を付した箇所は、「麻縄を大山の頸に巻き付け、それから二巻きした」という趣旨に読むことができ、そうであるならば、全体として三巻きしたことになるから、絞頸縄の巻き数に関する梅田自白は、三宅鑑定書から認められるその客観的状態が三巻きであつたということと何ら矛盾しないばかりか、かえつて、これに符合し、しかも、捜査官などの気付かなかつた事項に関するもので、いわゆる秘密の暴露に匹敵するものである、というのである。

しかし、自白調書の右部分全体を通読すると、要するに、麻縄を大山の頸部に二まわりさせて絞め、縄の両端を大山の右頸のところで交錯させて既に巻き付けた縄の下に差し込んだという意味に解するのが自然であり、したがつて、自白の絞頸縄の巻き数は二巻きであつて、客観的事実と食い違うとした原決定の判断は是認することができる(もつとも、このような巻き数について、犯人がつねに正確な認識、記憶をもつとは限らないから、自白の真実性の判断上とくに考慮すべき事項とは思われない。)。論旨は理由がない。

七  梅田自白の真実性について(即時抗告申立書二、4、(一)、即時抗告理由補充書第七、一)

所論は、原決定が、梅田自白全体の真実性について再検討を行い、自白には、「客観的事実に反する点」、「真犯人ならば容易に説明でき又は言及するのが当然と思われる事実について説明・言及がない点」、「自白内容それ自体で不自然、不合理で常識上首肯し難い点」、「共犯者羽賀供述との間の不自然な食い違いの点」、「その他の証拠と対比、総合すると不自然、不合理な点」、「不自然な変遷」が多数あり、しかも、「いわゆる秘密の暴露」がないことなどに照らすと、梅田自白全体の真実性に疑問が生じたとしているが、右判断は不当である、というものであるが、以下、更に分説する。

1まず、所論は、梅田自白に関する右の問題点は、いずれも確定判決裁判所及び第一次再審請求事件を審理した裁判所などにおいて既に十分吟味されて検討済みの問題であるのに、原決定がなんらの明白性のある新たな証拠もないのに、これについて再検討をしたのは、確定判決裁判所の心証形成に不当に介入するものである、と主張する。

しかしながら、既に説明したとおり、原審で取り調べられた新証拠によつて、梅田自白中野球用バットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分の真実性について重大な疑問が生じた以上、本件再審請求事件を審理すべき裁判所としては、その疑問が右供述部分にとどまるものにすぎないか、又は右供述部分を含む梅田自白全体の真実性に疑問を生ぜしめ、ひいては右自白を主要な証拠として請求人を有罪とした確定判決の事実認定に合理的な疑問を生じさせるに至るかどうかについて判断すべきであり、そのためには、自白全体の証明力の程度、すなわち、自白中には新証拠によつて生じた疑問以外にも種々の顕著な疑問が含まれ、新たな疑問がこれに加わることによつて、自白全体の証明力が一層低減し、これを主要な証拠として請求人を有罪と認定することはもはやできないといえるか、又は新証拠によつて生じた疑問以外にはみるべき疑問等はなく、しかも新たな疑問を考慮に入れながら自白全体を吟味しても、その証明力はなお相当に高度なものと認めることができるかどうかなどについて検討しなければならないことは、当然のことであると考えられる。原決定が梅田自白全体の真実性について検討したのも、このような考えによるものと思われるから、これをもつて不当ということはできず、また、確定判決裁判所の心証形成に不当に介入したということもできず、所論の右主張は採用できない。

2次に、梅田自白全体の真実性に関する原決定の個々の判断の当否について検討する。

(一) 原決定は、① 青年会館裏の薪、② 絞頸縄の巻き数、③ 梅田の犯行時着用ズボンに血痕付着がなかつたことの三項目について検討し、自白内容には「客観的事実に反していると認められる供述部分」があり、このことは、梅田自白中野球用バットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分が客観的事実に反する疑いが強いこととあいまつて、自白全体の真実性に対する疑問を構成するものである、としている。

しかしながら、①については、所論指摘のとおり、バットが下方に隠されていたという薪の積み場所が青年会館の東北側(裏側)であるか又は北西側(正面からみて左側)であるかの違いにすぎないこと、自白が事件発生から約二年経過後のものであることなどを考慮に入れると、この程度の客観的事実との食い違いは、自白の真実性の有無を判断するうえにおいて特に考慮に値するものとは認め難いように思われる。②の絞頸縄の巻き数の誤りの点も、既に指摘したとおり、同様である。③についても、船尾血痕鑑定書の対象とされたズボンの右鑑定の実施までの間における保存状況の詳細が証拠上明らかでないこと、また、捜査段階でズボンのほどき布について鑑識が行われた結果、血液の付着の反応は認められない旨の口頭の回答があつたことは認められるが、その際の鑑識方法の詳細が証拠上明らかでないこと、更に、そもそも右各対象物件が本件当時請求人の着用していたズボン又はそのほどき布であるかどうかも必ずしも明確でないことなどを考慮すると、右鑑定及び鑑識の結果から直ちに自白が客観的事実に反しているということはできない。

ただし、自白中野球用バットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分が客観的事実に反する疑いの強いことは、既に判断したとおりであり、また、自白中その余の部分についてもこれを裏付けるべき客観的事実が全く存在しないことは、注目すべきである。

(二) 原決定は、① 肩胛骨骨折の成因、② ナイフ刺突による血痕の後始末、③ 死体埋没作業により手、衣類等に付着したはずの泥土の後始末の三項目について検討し、梅田自白には「他の証拠から明白な事実であつて真犯人なら容易に説明ができ、また言及するのが当然と思われる事実について説明・言及がない」として、これを自白全体の真実性に対する疑問を構成するものである、としている。

①については、渡辺鑑定書によれば、大山の左肩胛骨には生前に受傷し相当な衝撃が加えられたことによつて生じたと思われる小骨折があるというのであるが、当審で現われた高取鑑定書及び高取供述によれば、右骨折は死体の発掘後その運搬などの過程で生じた損傷にすぎないとみるべき疑いが強いから、これを問題視するのは当たらない。しかし、②、③について原決定の指摘するところは、これを是認することができる。請求人が真犯人であり、かつ自白どおり、ナイフを手に握つて大山の頭部を深く突き刺し、また、大山の死体を沢底に掘られていた穴に引きずりおろし、手袋もせず素手で穴の脇に盛られていた土を深さ四尺にも及ぶ穴に入れもどして死体を埋没するなどの作業をしたことが事実であるならば、当然自己の手等になにがしかの血液が付着し、両手、ズボン、上衣、靴等に多量の泥土が付着するはずであり、それにもかかわらず、右血液及び泥土の付着の後仕末について自白中でなんらの説明も言及もしていないのは、不自然である。少なくとも、右自白内容は不徹底なものであり、取調べにおいて追求の浅い自白であり、その証明力を判断するうえにおいて消極的評価を免れないものである。

(三) 原決定は、① 大山との出会い、② 自転車の存否、③ 一〇月八日の謀議内容の矛盾、④ 犯行日の決定過程、⑤ 一〇月一〇日の待合せ時間の不特定、⑥ 犯行直前の梅田の行動、⑦ バット隠し持ちの姿、⑧ 三種の凶器使用、⑨ ナイフによる頭部刺突、⑩ 素手による死体埋没、⑪ 暗闇における犯行、⑫ 死体埋没状況、⑬ 強取金の焼却の各項目について詳細に検討したうえ、梅田自白には「自白の内容それ自体において、不自然、不合理で、常識上にわかに首肯し難い点」が多数存在する、としている。

これらの各項目に関する原決定の指摘は、すべてこれを是認することができる。とくに、⑪については、相場鑑定書によると、犯行時における殺害現場の山道の照度は5.6×10-4ルックス、とくに、死体が埋没されていた沢付近の照度は3.11×10-4ルックスであつて、真に暗闇に近いことが認められ、加えて、原決定挙示の事件発生二年後のほぼ同時期に施行された司法警察員の実況見分(昭和二七年一〇月一日)及び検察官の検証(同月八日)の結果等によると、自白において大山の着衣等を脱がしその死体を運搬した経路とされている前記山道脇付近は、笹、よもぎ、はぎ等が四、五尺くらいの丈に延びて密生する約四〇ないし五〇度の傾斜面であり、また、死体が埋められていた穴は、両側とも約八〇度の急勾配をなす高さ約四メートルの崖下で、周囲に樹木が生えていた沢底にあつたことを考えるとき、自白上事前に右崖を降りたりしたことがないとされている請求人が、燈火も用意せずに、羽賀があらかじめ発掘していた穴の所在を発見すること、単独で道具も使用せずに、右のような崖下の沢底まで死体を運搬し、素手でこれを埋めること、更に、死体埋没後、草むらの中からはく脱していた大山の着衣、身の回り品、靴などを洩れなく収集することなどの作業は不可能又は著しい困難を伴うであろうと認められるが、自白をみても、それらの作業が困難をきわめたことをうかがわせる供述はなく、原決定がいうように、あたかも「全く暗さの障害を受けていないかのような」供述内容になつているのは、不自然、不合理であり、常識上にわかに首肯し難く、真にこれを行なつた者の体験の告白といえるか疑問に思われる。①ないし⑬の各指摘を総合すると、梅田自白には、被害者との出会いの状況、羽賀との謀議の内容、犯行直前における請求人の行動、主要な凶器であるバットの所持の態様、殺害及び死体埋没の方法、強取金の処分等の全過程にわたつて、不自然、不合理で、常識上にわかに首肯し難い点が存在しているということができよう。新証拠によつて、自白中バットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分の真実性に疑問が生じたが、この疑問は、右に指摘した⑥ないし⑨の各疑問点に深く結び付いているものである。

(四) 原決定は、① 共謀成立の経過(打合せ日時、場所、会つた回数及び話の内容)、② バットの形状、③ バットの受渡し、④ ナイフの用意の目的、⑤ 柴川木工場での待合せ状況、⑥ 犯行直後に請求人と羽賀が会つた場所、⑦ 金包み等の受渡し状況、⑧ 強取金の分配についての約束、⑨ 犯行日の後の会合の各項目について検討し、梅田自白には「共に自白したはずの共犯者供述との不自然な食い違い」が多数存在し、これらは自白全体の真実性に対する疑問を構成するものである、としている。

これらの各項目についての原決定の判断もすべて是認することができる。たしかに、所論指摘のとおり、真に罪を犯した共犯者がそれぞれ自白したとしても、各人の立場の違い、話の内容とその受取り方の違い、個々の出来事に対する両者の観察、記憶力の差異、あるいは自白の深浅の程度、否認の意図を潜在させていたか否かなどによつて、両者の供述内容に種々の食い違いが生じることは、これを認めなければならず、両者の供述に多少の相異があることから直ちに両者又は一方の供述を虚偽であるとみることのできないことはもちろんであるが、原決定がいうように、梅田自白と羽賀供述中請求人を共犯とする部分との間にははなはだ多数の顕著な食い違いがみられ、それらの態様をみても、観察、記憶力の差異や錯覚、思い違い、又は自己の犯情を有利にしようとするための粉飾の意図あるいは自白の深浅の程度等の理由によつて説明しうる範囲を越えており、「共犯者として同一事実を共通に体験した者同志の供述」であるとは目し難い疑いがあることを否定することができない。

(五) 原決定は、① 請求人が羽賀宅で羽賀の母親に会つた日、② 羽賀の勤務先、③ 羽賀の年齢、④ バットの太さ、⑤ 絞頸縄の結び方、⑥ 金員の入つた風呂敷の包み方、⑦ 帰宅に要する時間、⑧ アリバイ(請求人の妹梅田美智子作成の日記及び同人の確定一審第五回、第六回各公判における証言)、⑨ 嫁探し、⑩ 請求人の人間像、⑪ 動機、⑫ 犯人として結び付ける証拠の各項目について詳細に検討し、梅田自白には「羽賀供述を除くその他の証拠と対比し、あるいは総合してみると不自然、不合理な点」が多数存在している、としている。

このうち、②は、羽賀の母親が羽賀の勤務先をどのように認識していたかにかかわり、また、③も、羽賀が同人の年齢をどのように語つたかなどにかかわる事柄であつて、これらに関する梅田自白の内容が客観的事実に反するからといつて、直ちに不自然、不合理なものということはできず、また、⑦の帰宅に要した時間についての自白も、その算出の前提とされている羽賀供述のいう請求人と別れた時刻の正確性を確認する資料がない以上、直ちに不合理なものということができない。また、⑧のアリバイについても、美智子の証言の基本となつている日記の原本は既に焼却されて、その写しすら提出されておらず、したがつて、原決定が指摘する確定記録中の上告趣意書及び第一次再審請求追加趣意書に摘示されている右日記の昭和二五年一〇月一〇日欄の記載の正確性を確認すべき資料はないこと、確定一審公判において、弁護人の質問に応じて美智子が右日記の同月八日、同月一〇日及びこれに近接する若干の月日の欄の記載の一部を朗読し又はこれを説明するなどしているが、その全文は公判調書に記載されていないこと、右日記には各記事ごとに月日、曜日の記載のあつたことがうかがわれ、これによつて昭和二五年中の日記であることが確認されたようにもうかがわれるが、各記事と月日、曜日の対応関係の正確性は右証言によつては必ずしも明らかでないことなどに徴すると、右証言及びこれによつて知られる限りの日記の記載並びに原決定が挙示するその他の各証拠を総合しても、請求人について羽賀との共謀の日時及び犯行日時におけるアリバイの成立を認めるに十分であるとはいい難く、この点に関する原決定の判断は是認し難い。

しかし、その余の①、④、⑤、⑥、⑨、⑩、⑪及び⑫の各項目についての原決定の指摘はすべてこれを是認することができる。とくに、確定記録及び不提出記録に現われた各証拠から認められる請求人の性格、人間像、平素の仕事及び生活の状況等は、原決定が⑨ないし⑪などで詳細に指摘したとおりであつて、本件のような凶悪な犯罪に加担し又はこれを実行する動機を形成しそうには思われず、梅田自白中犯行の動機に関する供述部分の真実性には疑問がある。

(六) 原決定は、① 大山と会つた回数、② 請求人が一〇月六日ころ北見市街へ出て来た目的、③ ブローカー演技の話、④ 請求人が犯行に加わる動機、⑤ 犯行の打明け場所 ⑥ 実行行為者、⑦ バットの受渡し、⑧ 青年会館の位置、⑨ 凶器の使用順序及び刺突部位についての羽賀の指示、⑩ 一〇月一〇日青年会館から柴川木工場までバットを運ぶ態様、⑪ ナイフの柄に巻いた布の色、⑫ ナイフの刺突部位、⑬ 絞頸と脱衣箇所までの運搬との関係、⑭ ナイフの投棄、⑮ 大山の衣類等を風呂敷に包んだ時期、⑯ 穴の位置の確認行為の有無及び時期、⑰ 死体運搬経路、⑱ 強取金の使途の各項目について検討し、「自白内容の不自然な変遷」が多数認められる、としている。

原決定が挙示する請求人の司法警察員に対する昭和二七年一〇月三日付、同月四日付(二通)各供述調書、司法警察員作成の同日付実況見分調書中の請求人の指示説明の記載、検察官作成の同月八日付検証調書中の請求人の指示説明の記載、請求人の検察官に対する同日付、同月一六日付、同月一七日付、同月一九日付各供述調書を通覧すると、梅田自白中には前記各項目について、原決定が指摘するとおりの種々の変遷のあることが明らかである。

もつとも、これらのうち、①の大山と会つた回数が一回であるか又は二回であるか、②の一〇月六日ころ北見市街へ出て来た目的が、仕事の合間の遊びがてらであつたか又はちよつとした日用品を買うためであつたか、⑤の犯行を打ち明けられた場所が、犯行現場の山道へ行く途中であつたか又は犯行現場付近であつたか、⑨の凶器の使用順序及び刺突部位についての羽賀の指示内容や、⑩の青年会館から柴川木工場までバットを運ぶ態様がどうであつたか、⑪のナイフの柄に巻いた布の色が、黒色であつたか又は淡い青い様な色であつたかなどについての供述の変遷は、いずれも明確な記憶として保持される事項に関するものとは思われず、取調官の尋問の仕方いかんによつて容易に供述の変動を免れない事項に関するものであることなどを考慮すると、自白の真実性の有無の判断上とくに重視すべき事柄であるとは思われない。しかし、この点を考慮に入れても、請求人の前記各自白又は指示説明には、それらが比較的短期間内に行われたものであるのにかかわらず、余りにも多数の事項に関して合理的理由に基づくとは思われない顕著な供述の変遷が見受けられ、ほん然改悟して率直に犯行を自白した際によくみられるような供述の安定性ないし一貫性を備えたものというには程遠いものがあり、自白の真実性を判断するうえにおいて消極的に考慮すべき一要素と考えざるをえない。

(七) 原決定は、梅田自白には、あらかじめ捜査官の知りえなかつた事項で捜査の結果客観的事実であると確認された「いわゆる秘密の暴露」に相当するものは全く含まれていない、としている。この点の判断も是認することができる。

3所論は、① 請求人が羽賀の供述に基づき同年一〇月二日午後九時ころ逮捕され、翌三日午後三時一〇分ころ早くも自白していること、② 右自白の際、請求人が泣きながら、「羽賀の馬鹿野郎、馬鹿野郎」、「羽賀に頼まれてとんでもないことをしてしまつた。」などといい、その態度は良心の苛責に耐えかねたような真に迫るものであつたという、確定一審公判における各警察官の証言があること、③ 請求人が勾留質問の際に裁判官に対して犯行の概要を認める旨陳述していたこと、④ 請求人が検察官による取調べに対して自白をした後、巡査詰所に戻された際、押送看守部長に対し、「自分が検事さんに申し上げたとおりやつたことは間違いないのだ。失敗してしまつた。」、「被害者の方へ手紙を出すように致します。」、「羽賀を信頼し心服していたが、羽賀に騙されていたのだ。」、「自分は本当に失敗した。」などと述べていたこと、⑤ 請求人の司法警察員に対する第一回供述調書には、捜査官において誘導できるとは思われない内容が種々含まれていることなどを指摘したうえ、原決定は以上のような自白の任意性、真実性を認めうる積極面を全く考慮しておらず、原決定の前記判断は失当である、と主張する。

しかしながら、請求人の警察官に対する自白の原因については、確定二審判決が「いわゆる拷問がなされないまでにしても、相当程度の強制が加えられ、そのため本件犯行を自供したものとしてその任意性は必ずしも担保し難い情況にあつたことが認められなくもない」と判断しており、確定記録中の各関係証拠及び第一次再審請求で提出された昭和二七年一〇月二一日付のいわゆる梅田手記写真版の記載等を総合すると、右判示で指摘された程度の事実は優にこれを認めることができ、これに照らすと、所論指摘の①のような事情は、いまだ梅田自白全体の真実性を推認させる情況とみることはできず、②の各警察官の証言もにわかに信用し難く、③、④については、請求人の捜査段階における供述の基本的内容が原決定の理由第一、一に認定されているように否認、自白、また否認、自白、否認というように変転し、その供述態度及び心情が不安定をきわめていたことに徴すると、その過程中で、勾留質問裁判官に対して犯行の概要を認めたことがあつたとか、押送看守部長に対して自白に類する述懐をしたことがあつたというようなことをもつて、自白全体の任意性、真実性を積極的に裏付ける情況事実とみることはできず、また、⑤の自白調書を精査しても、「捜査官において誘導できる内容ではなく、請求人が実際に経験したものであるからこそ、その記憶していることを積極的に自白したと言える」部分が含まれているとみるのは困難である。所論の右主張は採用できない。

4以上を総合すると、梅田自白にはその全内容にわたつて、不自然、不合理で常識上にわかに首肯し難い点が多々あり、同一時期になされた羽賀供述との間にも種々の食い違いがあり、それ自体としても多くの不自然な変遷がみられて安定性と一貫性を欠き、いわゆる秘密の暴露に相当するものも含まれておらず、各部分の真実性を裏付ける客観的事実も全く存在しないことなどを指摘することができる。

そうすると、梅田自白はもともと全体としてその証明力が高度なものとはいえないものであつたとみるほかはないが、これに加えて、本件再審請求で現われた新証拠により、右自白の重要部分であるバットによる殴打及びナイフによる刺突に関する供述部分の真実性について前記のとおり重大な疑問が生じたものであるから、右自白全体の証明力は一層低減したものといわざるをえない。したがつて、梅田自白全体の真実性に疑問があるとした原決定の判断は、その結論において相当であり、論旨は理由がない。

八  羽賀供述の信用性について(即時抗告申立書二、4、(二)、即時抗告理由補充書第七、二、1)

所論は、原決定が共犯者羽賀の供述中請求人を共犯とする部分全体の信用性について強い疑問があるとしたのは、不当である、とするものであるが、以下、更に分説する。

1所論は、羽賀の供述中請求人を共犯とする部分の信用性については、確定判決裁判所において十分これを検討して肯定的判断を下している事項であり、原決定がなんら証拠価値のある新たな証拠もないのに、右について再検討して信用性を否定したのは、確定判決裁判所の心証形成にみだりに介入するものであつて、不当である、と主張する。

しかしながら、本件において梅田自白と羽賀供述中請求人を共犯とする部分とは、その立証命題を共通にし、内容的にも密接な関連をもち、その各信用性は相互に補強し合う関係にあるから、新証拠の出現により梅田自白の真実性に重大な疑問が生じた場合、再審請求事件を審理すべき裁判所としては、右の疑問が直接又は間接に羽賀供述の信用性にどのような影響を及ぼすか、また、新証拠により証明力の低減した梅田自白と羽賀供述とを総合することにより、又は羽賀供述のみによつて、請求人と本件犯行との結び付きの点を合理的な疑問をさしはさむ余地のない程度に証明することができるかなどについて検討しなければならないことは、当然のことであり、原決定もこのような見地で羽賀供述の信用性について検討していることが明らかであつて、これを不当ということはできず、所論の主張は採用できない。

2次に、羽賀供述の信用性に関する原決定の個々の判断の当否について検討する。

(一) 原決定は、① 復員時から本件犯行に関して羽賀と請求人とが第一回目に会うまでの二人の関係、② 本件犯行に関して二人が第一回目会つた日、③ 同第二回目会合、④ 同第三回目会合、⑤ 同第四回目会合(現場見分と予行演習)、⑥ 同第五回目会合(犯行当日犯行直前柴川木工場付近で)、⑦ 同第六回目会合(犯行当日の犯行直後)、⑧ 同第七回目会合(犯行日の後)の各項目について、羽賀の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、同人の確定一審公判における証人又は被告人としての供述、同人の確定二審公判における供述、同人の上申書及び上告趣意書等に現われた供述ないし主張を詳細に検討し、復員後の請求人との出会いの状況から、犯行計画の打明け、共謀の成立過程における各会合日の日時、場所、出会い状況、打合わせ内容、犯行直前直後のそれ、犯行後約一か月程しての最後の出会いに至る請求人との結び付きを供述するすべての過程において、「枚挙にいとまがない程の変遷」、「逆転に次ぐ逆転の変遷状況」、「こと請求人に関する事柄については、これが体験した事実についての記憶を正直に述べようとして起こる変遷とは到底解しえない変遷振り」、「梅田自白との食い違いを指摘される場合には、明解に自己の供述の正しさを主張するが、自分自身の供述の変遷、矛盾や他の客観的証拠との矛盾を指摘されたりすると、突如として、それまで詳細綿密にしていた供述をすつかり忘れてしまうなど、不自然な忘却供述」等がみられ、これらに照らすと、羽賀供述中請求人を共犯とする部分の信用性には疑問がある、としている。

原決定の指摘する羽賀の供述等の変遷事項の一部には、所論指摘のとおり、会合の日時、場所、会話の内容等記憶の困難な事柄や枝葉末節にわたる事柄も含まれているが、このことを考慮に入れてもなお、異常、不自然かつ顕著な変遷を示していることは否定することができず、原決定の前記判断はこれを是認することができる。

(二) 原決定は、羽賀の供述等には、前記の変遷以外にも、その信用性を疑わしめる点が多々あるとし、① 羽賀は、昭和二五年八月末ないし九月初めころから一〇月八日までの間に請求人と相当回数にわたつて北見市内で会つて共謀し、同月一〇日請求人に本件犯行を実行させた旨供述するが、請求人にはいずれの日についてもアリバイの成立の可能性があるから、右供述部分は虚偽の疑いがあること、② 羽賀の供述によると、犯行当夜、請求人が大山と連れ立つて犯行現場に向つたのを目撃し、その後二〇分ないし一時間後に、大山の殺害、金員の強取、死体の運搬、埋没などの犯行を終えて戻つてきた請求人に出会つたというが、そのような短時間内に右一連の犯行が行われることは不可能であつて、右供述部分には常識上首肯し難い点が含まれていること、③ 羽賀の供述によると、本件の強取金中一四万円余の中から一〇万円を義兄信田孝三に貸し渡し、その後返済を受け、昭和二六年六月二一日姉信田ウメに対し右のうちから一二万四七〇〇円を預けたといい、右金員が同女から警察に提出されているが、羽賀の大山事件以後における金員の費消、遊興の状況等を考え、更に、羽賀は、昭和二六年六月一一日清水一郎と共謀で行なつた小林事件において、その強取金中四百数十万円を自己に取得しながらその隠匿場所等について真相を述べていないことなどを考えると、前記信田ウメから提出された一二万円余を大山事件の強取金であるとする供述部分も虚偽であると疑われること、④ 羽賀が大山事件の共犯者として請求人の名前をあげるに至つたのは、小林事件に関する前記四百数十万円の強取金の行方及び大山事件の真の共犯者等を隠ぺいする目的と、大山事件の犯行の実行者を他人であるとすることによつて自己の刑責を軽減しようとする意図から行つたのでないかとの疑いがあることなどを認定し、種々その理由を述べている。

① については、請求人についてアリバイの成立があると認めるに十分でないことは、前記のとおりであるから、この点に関する原決定の判断は是認することができず、また、④は、そのように推測することは可能であるとしても、本件再審請求事件を審理するうえにおいてそこまで判断する必要は認められない。しかし、②については、柴川木工場と犯行現場との間の距離関係、殺害、強取、死体の着衣はく脱、死体の運搬、埋没、被害者の着衣の取り集めなどに必要とされる時間、当時の暗さの程度、道路事情など一切を考慮すると、原決定の判断は是認することができ、③についても、原決定の挙示する関係証拠を総合すると、信田ウメから提出された一二万円余を大山事件の強取金の一部であるという羽賀の供述には疑問があり、この点の原判断も是認することができる。

3羽賀の供述等には、前記のとおり、異常、不自然かつ顕著な供述の変遷があること、他の関係証拠と対比し又は常識上首肯し難い点が含まれていることを考慮し、更に、一般的に、共犯者の供述は、自己の刑事責任を免れあるいはこれを軽減することを願つて、罪責の一部を他に転嫁するなどの虚偽供述を含むおそれなしとしないこと、その他、確定二審判決も指摘し関係各証拠からうかがうことのできる羽賀の奸智にたけた冷酷な性格等をも考慮すると、羽賀供述中請求人を共犯とする部分も、もともとその証明力が高度なものとはいえないものであつて、右供述部分のみではもとより、これに前記のように真実性に重大な疑問が生ずるに至つた梅田自白を合わせ考えてみても、請求人と本件犯行との結び付きについて合理的な疑問をさしはさむ余地がないほど確実な証明があつたとすることは困難である。原決定が羽賀供述中請求人を共犯とする部分の信用性に疑問があるとしたのは、右の趣旨に尽きるものであり、論旨は理由がない。

九なお、原決定は、鐙貞雄の原審における証言等を再審開始要件を具備した新証拠としていないのであるから、同証言等に関する即時抗告理由補充書第七、二、2の所論については、判断を加えない。

一〇  結論

以上を総合すると、本件犯行と請求人との結び付きの点に関する積極的証拠としては、梅田自白と羽賀供述中請求人を共犯とする部分以外になんらの証拠もなく、請求人を有罪とした確定一審判決の事実認定の当否は、梅田自白全体の真実性と羽賀の右供述部分の信用性いかんに依存するところ、本件再審請求により、梅田自白の重要部分を構成する野球用バットによる殴打とナイフによる刺突に関する各供述部分の真実性について、重大な疑問を生じさせる新規性のある証拠が現われたものであり、しかも、梅田自白と羽賀供述にはそれぞれ多数の疑問点が内在し、もともとその各証明力は高度なものとはいえないのである。したがつて、もし右新規性のある証拠が確定判決裁判所の審理中に提出されていたならば、梅田自白全体の証明力は一層低減することは明らかであり、これと羽賀の右供述部分とを総合しても、請求人を有罪とする事実認定をするについて合理的な疑問が生ずることは避けえないものであつたと認められる。それゆえ、本件においては、請求人に対し無罪を言い渡すべき明らかな証拠があらたに発見されたということができ、刑事訴訟法四三五条六号所定の事由があるから、本件について再審を開始すべきであるとした原決定の判断は相当であり、これを維持すべきものである。

よつて、検察官の本件抗告は理由がないので、これを棄却することとし、刑事訴訟法四二六条一項後段により主文のとおり決定する。

(渡部保夫 横田安弘 平良木登規男)

別紙一〈省略〉

別紙二

〔確定一審判決が認定した罪となるべき事実の要旨〕

被告人羽賀竹男と被告人梅田義光とは、昭和一九年一一月ころ、共に北海道苫小牧市稔部隊第九二六〇部隊に入隊してから知り合つた間柄であり、復員後、被告人羽賀は、昭和二二年七月ころから同二五年七月末ころまで、北海道北見市北見営林局会計課経理係に勤務しており、被告人梅田は、住居地で農業に従事していた。被告人羽賀は、昭和二五年七月末ころ、前記営林局を依願退職したが、それは、そのころ、拳銃不法所持の件で検挙起訴され、懲役五月執行猶予二年の判決言渡しを受けたことがその直接の機縁をなしていた。右営林局を退職後まもなくのころであるが、就職先も思うように見つからずに失望しているところへ、営林局時代の知人に退職にからまる悪口を色々言われるのを耳にして、暗い自棄的な気持を抱くようになり、遂には、人生を太く短く渡ろうと考え、以前からそういう気も働いていたこととて、何か商売を営みたくなり、その資金も普通では入手し難いので、まとまつたものを得るためにはいかなる手段をも辞せず、発覚し易い詐取等の手段をろうするよりは、むしろ殺害強奪の方法をとるにしかずとさえ思いこむに至つた。そこで、昭和二五年八月末ころ、北見市内で、かつての同僚である北見営林局会計課支出係大山正雄(当時二〇年)と会つた際、同人が営林局職員の旅費支給の業務に従事して、相当多額の公金を扱つているところから、同人を目的実現の対象として考えるようになつた。そして、以後同年一〇月五、六日ころまでの間に、北見市北見駅前その他諸所で、同人と多数回にわたつて会合したすえ、同人がホップ取引に加わり、同人の保管している前記営林局職員の旅費等約二〇万円をその取引資金に短時間流用し、よつて得られる利益の分配にあずかることになり、同年一〇月一〇日午後七時半ころ、前記現金を携行して、北見市青葉町三番地柴川木工場付近に赴くことになつた。その間に、被告人羽賀は、殺害の実行者として、被告人梅田が軍隊時代からの知合いで話をうちあけやすく、又金銭にも不自由しそれを欲している状態にあつたところから、同被告人をその役にあてることを思いつくにいたつた。そこで、同年一〇月六日ころまでの間に、北見市内で両者会つた際を利用して、同被告人にホップ取引にブローカーとして加わることを承諾させ、次いで、同年一〇月八日ころ、北見市東陵町東陵中学校より東北約七〇〇メートルを隔たる仁頃街道から分岐した山道上において、同被告人に対し、ホップ取引に藉口して、前記大山を殺害のうえ所持金を奪取し、死体は穴に埋める等の計画をうちあけ、同被告人がこれに応ずると、一〇月一〇日夜、同被告人は、ホップ取引のブローカーとして、大山を上記柴川木工場より前記山道付近に誘導し、野球用バットを使用して、同人の頭部を殴打したうえ、縄で絞頸する等の方法により同人を殺害し、その死体は、同山道下の谷沢に前もつて掘つておくママ穴に埋め、かつ、同人の所携する現金を奪取し来ることとし、その他にも、犯行の方法、犯行の道具、犯行後の処置等について、詳細に指示連絡をとげ、ここに被告人両名共謀して、

(1) 被告人梅田は、前記相謀つたところに従い、昭和二五年一〇月一〇日午後七時ころ、前記柴川木工場土場前道路において、殺害に使用すべき、短く加工した野球用バット、結節数個をつけた麻製細引及び柄に布を巻いたナイフ等を準備携帯して、大山のくるのを待ちもうけていた。まもなく午後七時二〇分ころ、同人がそこにやつてきたので、同人と同行してホップ取引予定地へ向かい、同夜八時ころ、前記の仁頃街道から分岐した山道(緩い勾配の下り坂)上を、近くに谷沢をのぞむ付近にまでさしかかつた。その時、同人の左側を歩いていたが、隙をみて右足を後方に引き、同人の背後から、隠し持つた前記野球用バットを取り出すと共に、振るつて同人の右側頭部を強打し、同人が昏倒するや、ナイフを出してその頭部を突き刺し、次いで、麻製細引を取りその頸部に巻いて緊縛し、よつて、右側頭部打撃による脳挫創等により、そのころ同所で、同人を死亡させてこれを殺害したうえ、同人所持の現金約一九万円を強奪し

(2) 被告人梅田は、上記共謀したところにより、前同時刻ころ、以上の犯行を隠蔽する目的から、前もつて掘つてあつた、右殺害現場付近にある谷沢底部の穴に、大山の死体を全裸にしたうえ、埋没して遺棄したものである。

別紙三

(説明)

k、l、m、n、n'、x、y、z

骨折線

l、x、m、離開冠状縫合及び離開矢状縫合で囲まれた骨部分

m、x、n、z及び離開冠状縫合で囲まれた骨部分

n、x及び鱗状縫合等で囲まれた骨部分

x、y及び離開人字縫合で囲まれた骨部分

kと離開冠状縫合との間の骨部分

A  前頭部斑点

B  菱形状骨欠損部

B'  骨外板欠損部

C  骨外板欠損部

b1〜b5  骨折線の接点

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例